■さくらんぼ■
「はい、どうぞ」
須田が机の上に小皿を置いた。大きくてつやつやとした、さくらんぼが五つ載っている。
「ああ、ありがとう」
礼を言いながら、安積は須田を見た。須田は、今年も立派ですよねえ、と言いながら、にこにこ笑っている。
「昨日、寮でもらったんです」
黒木が、寮に住む若い署員の名前をあげた。実家が農家で、毎年大量に送られてくるらしい。寮で消費しきれなかった分は委員長である須田に託され、おかげで強行犯係は毎年漏れなくご相伴に預かっている。
桜井が、全員分の小皿を配って回る。
安積は仕事の手を休め、一粒を口に入れた。ぷつん、と皮がはじける感触に、少し懐かしさを感じる。普段は季節を意識して物を食べることがほとんどない。そのせいか、つい、これが食卓に載っていた光景を思い出してしまう。
そんな、少しだけ苦い気持ちを桜井の得意そうな声が吹き飛ばした。
「できました!」
桜井の手には、器用に結ばれた、さくらんぼの枝があった。
村雨が、苦虫顔でちらりとそれを見た。
「あいかわらず、上手だねえ」
須田は素直に感心している。
その様子に救われつつ、安積は思い出した。
そういえば、去年も、同じことがあったな──
去年も桜井がやり始めて、結局、メンバー全員で挑戦した。できたのは桜井と村雨だけだった。
もちろん、安積もできなかった。舌がつりそうになったのを覚えている。
そんなことを思い出しつつ、安積は何気なくメンバーの顔を見た。ふと黒木に目がとまり、安積は思わず頬を緩めた。
黒木は、珍妙な顔をしていた。顔を右に傾けたり左に傾けたり、ほっぺたがでこぼこしている。
そうだ、去年も黒木はこれができなくて、珍しく意地になっていたな。
須田も、もごもごやっているが、既に諦め顔だ。
村雨は仕事をしながら口を動かし、数分もかからずに完成品を皿に置いた。自慢するわけでもなく、何も言わない。が、しっかりとやってみせるあたり、内心では少し自慢なのかもしれない。
黒木はまだ、おかしな顔で悪戦苦闘している。
こんなことができなくったって、別にいいだろう。おまえにもそのうち、いい彼女ができるぞ──
そう思いながら、安積は枝を口に入れた。
去年と同じだ、どうせできないに決まっている。が、人がやっているのを見ると、つい試してみたくなる。
安積はもごもごと口を動かした。
──ん?──
それは一分にも満たない間の出来事だった。
安積の皿の上に置かれたそれを見て、須田が感嘆の声をあげた。
「チョウさん、上手ですね!」
桜井も覗きに来た。
「すごく早くなかったですか!?」
「あ、ああ……」
黒木があからさまに、村雨がこっそりと、驚いているのが分かる。
一番驚いているのは、安積自身だ。
去年は全くできなかったのに。
これができるかどうかが、俗説どおり、テクニックの尺度を示すものであるのなら。
いささか思い当たる節はある。
安積は赤くなる顔を見られないよう、椅子ごと、後ろを向いた。
背後で須田の声がした。
「黒木……すごい顔になっているよ。まだいっぱいあるから、寮に帰ってから練習したら?」
「俺が教えてあげますよ!」
自慢げな桜井の声に、村雨が咳払いをする音が聞こえた。
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速水の部屋のソファーの上で。
お互いの身体に腕をまわし、どちらからともなく唇を重ねる。
安積が薄く唇をひらくと、速水の舌が侵入してきた。熱いそれを甘く吸いながら、安積は自分の舌を絡めた。
速水の舌が、くすぐるように上顎を舐める。その感触に身体の奥が震える。されるがままなのが悔しくて、動き回る先を夢中で追いかける。吐息の甘さと、勝負事にも似た駆け引きに、絡み合う舌が激しさを増す。
速水が僅かに唇を離した。安積の唇を柔らかく食み、舐め、また侵入してくる。安積もまた、速水の口腔に舌を這わせる。
舌と唇がようやく離れた。既に安積の下肢は熱くなっている。
安積は、速水の顔を見た。
「なんだ?」
「いや、おまえは上手いなと思ってな」
「おまえだって、けっこう、上手いぞ」
速水はにやりと笑い、安積の手をとって自分の下肢に触れさせた。ジーンズ越しに熱が伝わる。
これの熱さと上手さが比例するのかは疑問だが、自分との行為で速水がこうなったのだと思うと、いとおしさがつのる。
ズボンの上から安積の熱に手を這わせながら、速水が低い声で囁いた。
「手下どもの前で、すごい技を披露したそうじゃないか」
途端に安積は赤くなった。
「どうして知っている!?」
「桜井が休憩所で、しゃべりまくっていた」
あいつ……!
この時ばかりは、安積は思った。村雨、もう少し桜井をきちんと教育しておけ。
速水はにやにやと笑っている。
安積は、速水を下から睨んだ。
「──おまえのせいだからな」
「ああ、俺のせいだ」
速水が、安積のワイシャツのボタンを外した。肩口に軽く歯をたてられ、安積の身体が震えた。情欲を含んだ小さな声が、口から漏れる。
速水がゆっくりと、安積を押し倒した。安積のベルトをはずし、ファスナーを下ろす。その場所にそのまま顔を近づけたのを見て、安積は慌てて速水を止めた。
「シャワーくらいあびさせろ」
「俺が上手いのはキスだけじゃないぞ」
自信たっぷりに笑いながら、速水が唇を舐めた。あからさまに見せつける、肉厚な舌の動きが、その先を予想させる。
安積は頬を赤くしながら、どうにか速水をおしのけた。
「……知っている。だから……その前にシャワーだ」
立ち上がり、浴室に向かいながら、安積は言った。
「俺が出たら、おまえも浴びろ」
「まあ、そのつもりだが?」
言われなくても、安積が浴びるのなら、自分もきちんと浴びる。
何故、わざわざそんなことを言うのか。不思議そうな速水に、安積はそっぽを向いたまま言った。
「……俺だって、そんなに下手ではない……と思う」
一瞬の後、速水が低く笑う気配がした。
「ああ、楽しみにしている」
速水の低い声に、安積はそっと、唇を舐めた。
END
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