■おまもり■
春の夜風が緩く漂う。
安積は静かな夜道を歩いていた。隣では速水が、楽しそうに笑っている。
いつもどおり速水のマンションで、さあ飲もうかと瓶を出してみたら、残りはずいぶんと僅かだった。ちょっと買いに行ってくる、と立ち上がった安積に、速水は当然のように、一緒に行くとすら言わず、一緒に部屋を出た。
いつものウィスキーと、それから、さっきテレビで見た発泡酒も買おうか。いや、飲み慣れたビールも捨てがたいぞ──そんな会話をしながら二人で歩くのは、まだ少し照れくさく、だが決していやではない。
街灯の下を通るたびに、自分の影と、それより少し大きな影が、並んで道路に浮かび上がる。それを見るのがなんとなく気恥ずかしくて、安積は目線を上へ向けた。
名残の桜が、街灯の中で揺れている。緑の葉が繁る中、花びらが僅かに色を残している。
ふと、安積の目の前にひらひらとしたものが流れてきた。反射的に手を伸ばし、安積はそれを握り締めようとした。
そっと手をひらくと、そこには何もなかった。
「何をやってるんだ?」
速水が笑いながら言う。子供じみた行動をとったことが何やら気恥ずかしくなり、安積はそっぽを向いた。つい、言い訳がましい言葉が口から出る。
「桜井が言っていたんだ。地面に落ちる間につかまえられたら、幸運のお守りになるらしいぞ」
一瞬の間の後、速水がからかうように言った。
「とってやろうか?」
安積は速水を見た。速水は流れてくる花びらを見ていた。俺なら簡単にとれるぞ、と言わんばかりに、不敵に笑っている。その自信に溢れる目の中に、ごく僅かに、別の表情が混じっている。
その顔を少しだけ見つめ、安積は穏やかに笑った。
「いや、いらない」
そうか、と速水が言った。わざとらしいほどに残念そうな、それでいて安心したような声に、安積はもう一度、穏やかに笑った。
「速水」
「なんだ?」
「やっぱり日本酒にしよう。燗をつけるのはどうだ?」
速水は一瞬、安積を見つめ、にやりと笑った。
「なんだ、寒いのか?」
「ああ。だから、さっさと買って、さっさと帰ろう」
安積は顔をそむけ、歩き出した。赤くなる顔を見られては、説得力がなくなる。
隣で速水が笑っている。
街灯の下を通るたびに、二つの影が浮かんでは消える。
こうして二人で歩いている、ただそれだけのことが幸せだと──帰ったら、そう言葉にして伝えようと──頬が僅かに熱くなるのを感じながら、安積は思った。
END
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