■浴室■


 緩い温度の水が、足の下を流れていく。熱くもなく、冷たくもない。
 首筋に速水の歯があたった。喰われるような感覚に、安積は身震いした。
 後ろからまわされた手が、胸を這う。
「ん……っ」
 かみ殺した声がシャワーの湿気に紛れ込む。
 壁に手をつき、自ら僅かに脚を開き。立ったまま、背中に男の熱を感じる。
──情けない格好だ──
 自覚はある。だが、自ら望んだ姿勢であることも、また事実だ。
 速水の手が腹をつたい、安積の雄に辿り着く。
「……っ」
 そこが既に熱を持っていたことを知られる。恥ずかしさと快感が混じりあい、安積は吐息を漏らした。
 背後で速水が、僅かに笑った。
──笑われる筋合いはない──
 熱の度合いで言うのなら、さっきから身体にあたる、速水の熱の方がもっと熱い。
 速水の手が、安積の雄を緩く握り込んだ。扱きあげられる感触が、いつもよりぬるぬると滑るのは、石鹸のせいだ。
 安積は自分の腕に口をあてた。唇で噛み付き、溢れる声を逃がす。
 速水が耳元でささやいた。
──本当は、声が聞きたいんだがな──
 安積は目線を動かし、速水を睨んだ。
 浴室の声は、配管を伝い、他の部屋に響く。ここは速水のマンションだ。安積は声をあげるつもりはない。分かっていて、速水は言っているのだ。
「ん……っ!」
 速水の指が先端を滑った。窪みから裏側へ、感じる部分を余すことなく辿っていく。
 安積の腰が、無意識に快感から逃げた。逃げた先には、硬さを増した熱があった。
「安積……」
 低い声に、身体が震える。
 速水の片腕が、安積の身体をしっかりと抱き込んだ。雄を擦っていた手が、後ろにまわる。期待と僅かな不安に、安積の身体が竦む。
 速水の指が、ゆっくりと侵入してきた。
「……っ」
 いつもの潤滑剤とは違う石鹸のぬめりに、身体が怯える。それをあやすように、速水の唇が背中を這った。吐息の熱さが、速水の欲望を伝えてくる。
 安積は、腕から唇を離した。溢れる声を喉で殺しながら、強引に後ろを向こうとする。
──顔が見たい。自分に欲情する顔が──
 速水が身体を起こした。中に入れた指はそのままに、片腕で安積を抱き寄せる。
「あ……」
 速水の手が、安積の顎を掴み、上を向かせる。一瞬だけ、視線が絡み合う。安積の目に、飢えた獣の顔が映った。その顔は汗と湿気に濡れていた。
「……っ」
 速水の唇が、安積の唇を覆った。
「……ん……っ」
 肉厚な舌が口腔を犯し、蠢く指が秘肉を貪る。
 最奥の敏感な場所を刺激され、安積の身体が撥ねた。その身体を太い腕がおさえつけ、溢れる声を舌が塞ぐ。
 安積は速水の肩を掴んだ。ありったけの力をこめて、もう限界だと伝える。
 指が引き抜かれた。思わず溢れた喘ぎは、速水の唇が封じてくれた。
「あ……」
 速水が、安積の身体を壁に向かせた。そのまま腰だけを引き寄せる。
 安積は震える膝でどうにか立ち、壁にすがりついた。
 硬い熱が、後ろに触れる。
「安積」
 低い声が聞こえたのと同時に、衝撃が身体を貫いた。
「……!」
 安積は腕に唇をおしつけた。噛み付きたい衝動に堪え、悲鳴を逃がす。
 貫かれ、引き抜かれ、また貫かれる。
 安積の耳に、濡れた音が響いた。速水とつながっている部分から聞こえる、普段なら耳を覆いたくなる音だ。シャワーにかき消されているはずのその音が、身体の内側から振動となって伝わってくる。
「ん……ん……っ!」
 とめどなく声が溢れる。それを殺す喉がひきつれる。
 速水の荒い息が聞こえる。熱い塊が容赦なく、最奥を擦りあげる。内壁が、安積の意思とは無関係に、その塊をより奥へと導く。
 安積の雄は、触れられることなく、蜜を滴らせていた。耐え切れず、安積は下に手を伸ばした。
 その手を速水が捕えた。腕で動きを封じ、安積の雄を扱きあげる。
「……っ……あ……っ」
 安積は身体を仰け反らせた。最後の声を殺すことはできなかった。溢れる蜜を速水の手が受け止める。
 少し遅れて、速水が低い呻き声を漏らした。
 安積の身体が崩れ落ちる。速水の腕が、それを支えた。
 身体を預けたまま、安積は速水の頭に腕を回した。
「……ん……」
 荒い息のまま、深く唇を重ねる。
 安積の身体が、ぶるりと震えた。
 立ったままの足の間から、液体がゆっくりと流れ落ちる。それはさきほどまで、安積が速水を銜え込んでいた証だ。
 速水がシャワーを手に取った。出しっぱなしだったそれの温度を少し上げる。
「つかまってろ」
 速水が安積の身体を抱き寄せた。安積はぐったりと、身体を預けた。
 温かいシャワーが安積の後ろにあたる。安積と速水が吐き出したものは、速水の指によって洗い流された。
 安積は緩慢に、タオルに手を伸ばした。自分の身体を洗おうとしたそのタオルを速水が取り上げた。
 これは俺の権利だというように、速水は手早く安積の身体を洗っていく。安積に、タオルを持つ隙を与えない。
「歩けるか?」
「……ああ。大丈夫……だ」
 速水の言葉に、安積はようやく答えた。
「先にあがってろ」
 安積はふらつく足で浴室を出た。バスタオルで緩慢に身体をふき、どうにかベッドに辿りつく。
 暫くして、浴室から出てきた速水は、ベッドを見て笑った。
「ずいぶんと大胆な誘い方だな」
 そのいやらしい笑い顔を安積は睨んだ。正確には、睨むことしかできなかった。
 安積は何も身に着けないまま、ベッドに転がっていた。
 足腰が言うことをきかない。口をきくのも億劫だ。
 速水は冷蔵庫からビールを二缶、持ってきた。プルタブを引き、一つを安積に渡す。
 安積はどうにか上半身を起こし、喉に流し込んだ。
「どうだ? 初めての感想は」
 速水がにやにや笑いながら尋ねる。
「……当分、やらなくていい」
 ぐったりとしたまま、安積は答えた。
 速水を浴室に誘ったことを安積は少しだけ後悔していた。慣れないことは、するものではない。普段の何倍も、体力を使った気がする。
 そして、不満を抱く筋でないことは分かっているのだが──速水の動作が手馴れていたことが、少しだけ、面白くなかった。
 速水はにやにや笑ったまま言った。
「残念だな、俺はとても良かったんだがな」
──良かった? 無駄に体力を使った以外は、いつもとそんなに違わなかったぞ?──
 速水は笑いながら囁いた。
「おまえ、声を堪えるたびに、締め付けてたぞ。気づいてたか?」
 安積はビール缶を速水におしつけると、頭から布団をかぶった。
 速水が、その頭を撫でる。かすかにわらっているのが、振動で分かる。
 安積は布団の中で、真っ赤になっていた。速水の指摘は──確かに、間違いなく、心当たりがあった。
「まあ、おまえが気に入らないって言うなら、もうやらないさ」
 速水の言葉に、安積は小さな声で答えた。
「……本当に、当分、やらなくていい」
 布団の中で、安積はより小さな声で言った。
「だが……悪くはなかった」
 次の瞬間、安積の布団は剥ぎ取られていた。
 唇を重ね、裸のまま抱き合い。そして二人は、目を見合わせて、笑った。



END




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