「へぇ、あの人独立するんだ」
「うん、来月には退社だって」
「じゃ、その前に。みんなで飲みにでも行こうよ」
「そうだね」
そんな話をしていたのは、もう2週間も前の事だ。
仕事を終えて飲み始め、もうすでに2時間になる。
「たーかーのーさ〜ん。飲んでます〜?」
「ハイハイ。飲んでるよー」
「七瀬ちゃん。ちょっとヤバくなってんじゃないの?」
「だぁーいじょーぶです! あー、井沢さん、次のもう頼んであるよぉ」
「いつの間に・・・七瀬ちゃん、人のはいいからさぁ」
集まった人数は8人。「送迎会」と言う名目で飲み始めたのだが、
出来上がっているのは送られる本人以外の者である。
ま、こんなのは、どこでもよく見る風景と言えるだろう。
「七瀬ちゃん。しっかりしてよ?」
隣に座っていた高野が、様子をうかがいながら飲んでいた。
「・・・・・・」
不意に七瀬が静かになった。
「七瀬ちゃん?」
「・・・・・・」
さっきまでの軽いノリは既になく、俯いて、ため息をもらす。
「・・・・・・」
「何事?」
周りもその様子に気づいて、辺りはふいに静かになった。
「・・・・・・」
「七瀬ちゃん」
バックからハンカチを取り出して口元で握り締める。
その手に雫が落ち、ハンカチを濡らしていた。
「ごめんね。なんか急に思い出しちゃって・・・」
「それって、旦那の事?」
「うん」
手にしたハンカチに涙を吸わせ、Mentholの煙草に火をつけた。
「落ち着いた?」
しばらくして、なんとか顔をあげた七瀬に、高野が気遣って話し掛ける。
「ごめんね。私もう帰るね」
「そう?一緒に帰ろうか?」
「ううん。いい。一人で帰れる。ありがとね」
七瀬はそう言って立ち上がった。
「駅まで送るよ」
高野が付き添って店を出る。
「七瀬ちゃん・・・」
「大丈夫かなぁ。七瀬さん」
「平気でしょ。多分、泣き上戸なんだよ」
「・・・泣き上戸。はじめてそういう人と飲んだなあ」
「旦那の事思い出してるんじゃしょうがないでしょ」
「随分ひどかったらしいし」
「ひどい?」
「酒飲んで仕事しない。手は上げる。よく聞く話よ」
「・・・」
「七瀬ちゃんもねぇ、自分の親に子供預けて遊んでるんだから、
なんとも言えないわね」
口々に噂し合いながら出て行った高野を待っていた。
七瀬のこともあって、そろそろお開きに・・・という展開である。
「どうすんの?沢口。まっすぐ帰る?」
「うちの旦那には、遅くなるって言ってあるからいいんだけど」
そうこうするうちに、高野が戻ってきた。
「あれ〜。何、みんなして。帰る準備?私もう少し飲みたいー」
彼女の言い分ももっともである。
七瀬を送って行き、酔いが醒めてしまったのだ。
「わかった。もう1軒行こう!」
「ごめん。俺帰る。奥さんが待ってるから」
「あ、そう。
しあわせ者はかえんな!」
少しぐらい厳しい口調でも、言われたほうはあまり悪い気はしない。
沢口の人徳とも言える。
「じゃ、私もこれで・・・」
「あんたはもう少し付き合いなさい。一人身なんだから」
そうして何人かが次の店に連行されることになる。
皆、バラバラと席を立ち、女ばかり4人が次の店へ向かった。
「ふー。すっかりさめたねぇ。さ、飲みなおそう」
そこは、純和風の居酒屋だった。
お品書きにないものを注文しても造ってくれる。
そういう融通のきく店である。
「それにしてもさ、さっきの七瀬ちゃん。びっくりしたねえ」
「飲んでて人格変わる人は多いけど、泣くぐらいはいいんじゃない?」
「そうですか?周りは焦りますよ」
「いいの、いいのそれくらい。
手、上げる奴に比べれば」
「あー、そんな人もいるんですね」
「そうよー。私んとこのだってそうだったんだから。
七瀬ちゃんとこもそうらしいし」
「そうだよ。飲まなきゃいい人だったんだけどねー」
この職場はどう言う訳か、スタッフの半数以上が離婚経験者である。
「うん、うん。あんたはちゃんと良いの見つけなさいよ」
「はあ、まあ、てきとーに・・・」
「何言ってんの!彼氏できたら連れてきなさい!見定めてあげるから」
「見定めるって・・・?」
「うん。沢口は見る目あるよ。旦那良い人だもん」
「あー、あの人ですね?」
皆一度は彼女の旦那にお目にかかった事がある。
「良いものよ〜。2回ぐらい結婚してみれば?」
「2回ぐらいって?」
「結婚は1回じゃだめなの」
「1回で良いわよ」
「い〜や。結婚・離婚・再婚、と全部試さなきゃ」
「佐野さんが言ってたよ。
結婚してうれしかった
結婚生活は楽しかった。
けど離婚したときはそれ以上に嬉しくて、
再婚して良かったって思える
・・・って」
