ココおかしいと思いませんか?No.25
「格」で試合前に勝負が決まる芸術系採点競技


五輪で行われる競技の中には球技を除くと、陸上競技・水泳のようにタイムや距離を争い人間の主観が入らない種目とフギュアスケートやシンクロナイズドスイミングのように審判が技術・芸術性を採点する種目とスキージャンプや体操などのように技の出来を採点して得点化する種目がある。

フィギュアスケートやシンクロナイズドスイミングでは出された採点結果に対して観客から不満のブーイングが度々聞かれる。
競技を審判ほど深く分かっていない大多数の観客と審判の見解のズレでそのようなことがあることもあるが、フギュアやシンクロのような芸術系採点競技は試合前に勝負はほとんど決まっていることが多い。
特にシンクロは致命的なミスがない限り素人でさえ簡単にメダルの色を当てることができ、本番前に勝負が決まっている。

フィギュアの場合は試合前に得点の45%前後を占める演技構成点において試合前に格付けがされており、格の低い選手がどんなに完璧な滑りを見せたとしてもトップ選手の演技構成点を上回ることはありえない(日本人で言うとSPで大ミスした浅田真央の演技構成点を完璧に滑った武田奈也が上回ることはありえない)。
格の高い選手は演技する前から数点のアドバンテージを持っており、ジャンプで失敗して満足行く演技が出来なくとも演技構成点で救済される形となっている。

現在女子シングルで最も格の高い選手が韓国のキム・ユナ(ヨナorヨンナ)だが、彼女の場合は演技構成点だけではなく、演技の出来が得点に直結する技術点においても格の違いを感じさせる。
というのは審判の裁量で決まるGOE、加点減点においてあまりにも加点の幅と量が多い。確かにキムの3回転+3回転は大きく美しいのでそれに加点2点がつくのは妥当だと思うが、その他のジャンプでも普通に跳べば最低+1で軒並み+1〜+2が並び、キムという名前で同じ質のジャンプでも他の選手よりも加点が増えているように感じる。GPF(グランプリファイナル)では後半に入れたトリプルルッツは基礎点6.60+加点1.20の7.80点を獲得し、女子にとっては難易度があまりにも違うトリプルアクセルの基礎点7.50点を超え、実際トリプルアクセルを決めた浅田の6.70点、中野の7.50点を大きく超える得点を得ている。GPFでは1回の転倒込みでGOEが+7.30点で浅田が+3.30点、中野が1転倒で-0.60点と大きく引き離しており、転倒がなければ+3+α(1以上?)で加点だけで11点以上が見込まれる。つまり1コケしてもライバルのノーミスよりもGOEが高く、かつ演技構成点(PCS)が1番もらえるのだからキム・ユナが負けるには相当の条件がつけなければありえない。
実際2007年のグランプリファイナルではSPでコンビネーションジャンプで致命的なミスをしながらも2位以下に明確な差をつけてトップに立ち、フリーではトリプルアクセルと2回の3回転+3回転を決めてこれ以上の演技はほぼ難しいというほどのパフォーマンスを見せたキムを唯一追える可能性のある浅田真央の得点と1回転倒しながらもほぼ同等の得点が出てはキムがショート・フリーを通して3ミスをし、浅田が1ミス以内でようやく勝負になるかどうかという絶望的とも言える状況が試合前から出来上がっている(GPFではキムはSPで3+3のコンビネーションの両方でミスし、フリーでのループ転倒と合わせて3ミスし、浅田はSPでの3+3の2発目と3ルッツの2ミスだった)。浅田以外の他の選手に至っては論外でどれだけ素晴らしいパフォーマンスをしようとも勝負する土俵にすらさえ上がれない。

フィギュアにしろシンクロにしろこれまでの実績や公式練習によって試合前に格付けされてその格が得点に大きく影響するというのはいかがなものだろうか。純粋に目の前で起こった試合だけのパフォーマンスを評価するということはできないのだろうか。

そもそも芸術種目に順位をつけること自体ナンセンスだということも一理あるだろう。専門家でさえ評価が大きく割れることもあるのに順位をつけるのは無理があるかもしれない。典型的な例は安藤美姫だ。安藤は演技構成点においてジャッジによって評価が大きく割れる。今季のスケートアメリカの例では演技構成点の要素のひとつの「要素のつなぎ」の得点で大きく割れている。あるジャッジは7.25と好評価を与えているのに対してあるジャッジは5.25と相当低い評価となっている。1要素当たり平均2点の差がつくと演技構成点全体で16点の差がつくほどの大差となり(グランプリシリーズ優勝者と最下位を争うような選手の差に当たる)、専門家でこれだけの評価が割れてしまえば順位付けすること自体無意味だと感じてしまう人がいて当然だろう。
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