スポーツコラムNo.63

日本人初の9秒台を感じさせる若手(2012/5/3)


−6人目の10秒0台−

1998年のアジア大会で伊東浩司が10秒00を出して以来高い壁としてそびえ立っている10秒台と9秒台を分ける百分の1秒。

伊東浩司(10.00)、朝原宣治(10.02)、末續慎吾(10.03)、塚原直貴(10.09)、江里口匡史(10.07)と10秒0台までは5人の日本人選手が到達するものの9秒台は届かないままだ。

北京五輪では4×100mリレーで銅メダルを獲得し、日本人の短距離の総合力の高さを示したものの、朝原引退、末續長期休養、塚原不調、江里口も今一つとロンドン五輪前年の世界陸上に100mで誰も出場できない事態となってしまった。

しかし、ロンドン五輪イヤーの今年、日本人初の9秒台を十分狙える選手が現れた。

19歳の大学2年生の山縣亮太は4月29日の織田記念陸上で+2.0の好条件で10秒08、無風の条件でも10秒16と実力で10秒1台を10代の若さでマークした(無風の10秒16の方が+2.0の10秒08よりも価値が高い)。

−タイムだけではなく技術的にも期待−

19歳の若さで10秒16を出したことで期待をする人も多いだろう。タイムだけでなく、技術的にも日本選手権3連覇中の江里口に対してもレベルの違いを見せて今後に大きな期待を抱かせた。

正面からの映像を山縣と江里口で比較すると圧倒的に山縣の軸がしっかりしていてブレがない。腕振りが横にブレることなく前後方向に振っているのは誰も気付く点だろう。

山縣の走りで最も評価している点は下半身の動きだ。正面からの映像で江里口と比較した場合、山縣の方が膝が上がっていることに気付く。

世界記録保持者のウサイン・ボルトもかなり膝を高く上げている。現在の日本短距離の理論がどうなっているのか知らないが、筆者は膝を高く上げることは必要であるもののそれだけでは十分でないと考える。

大事なのは脚を尻に引きつけた後の動きだ。ボルトを見ると踵をもも裏にくっつけて出来るだけ踵を高くキープしたまま脚を前に持ってくる。踵を高い位置にキープすることによって高い位置エネルギーを獲得し、そこから脚を一気に下ろすことによってそのまま運動エネルギーに変換することによって大きな反発力を得ている。
つまり、高い踵の位置をキープするためには必然的に膝が高くなる。

山縣も非常に脚の運びが理想的で江里口の踵が脚を前に運ぶ過程でストンと落ちているのに対して脚を上手く折りたたんだまま前に運べている。山縣の後半の伸びはこの下半身の使い方によるところが大きいと思われる。

−9秒台を出すには−

去年まではスタートから中間疾走に定評があり、今年はラストの伸びを身につけてきた山縣亮太。現時点で大きな欠点は見当たらず、バランスの取れた走りをしているので全体的なスケールアップを果たせば今のやり方でも10秒0台をコンスタントに出せる力をつければ好条件で9秒台は十分可能だろう(今より0.1秒速くなること)。

山縣に限らず、日本人スプリンターが海外スプリンターと比較して見劣りするのが上半身の筋肉と上半身を使った走りだ。
伊東浩司が肩甲骨の重要性を説いていたが、肩甲骨を使って地面からの反発力をブロックしてより大きな反発力を長時間得られるようになるとさらに大きなストライドが実現できるだろう。

ボルトの走りを見ても腕を前に振るのではなく、肩甲骨の力が抜けない様に意識した腕振りをして走っているのがよく分かる。
山縣は下半身の動きは9秒台を出せる動きをしているだけに上半身を上手く使えるようになれば9秒台を何度も出せるスプリンターになる可能性も十分ある。
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