スポーツコラムNo.25

世界陸上総括(2007/9/6)


−日本の運営能力の評価に大きく傷をつけた大阪−

大阪五輪招致に失敗した代わりに招致した陸上世界選手権。ホスト国としての日本といえば高い運営能力と世界選手権クラスだとキャパシティー一杯に埋まる観客とホスト国としては世界有数に評価が高い。
しかし、今回の大阪での世界陸上はこれまで日本が築き上げたイメージをかなり落とすお粗末な大会となった。

まず問題となったのがガラガラのスタンドだ。大会初日の土日はそこそこ埋まったといっても、主催者発表初日27000人、2日目35000人と長居陸上競技場は50000人収容の7割以下しか入らなかった。平日になるともっと悲惨で1万人を大きく割る観客しか動員できず本当に世界トップの競技会を開催しているのかと思われるほどの醜態を晒した。

原因はまずチケットの値段の高さが挙がる。スタンド最上段の一番安い自由席のC席はかなり埋まっていたことからもそれが伺える。自由席でも前売りで平日午後4000円(土日は6000円)し、指定席は7500〜14000円(土日は8500〜16000円)もする。席割をみても一番高い14000円の席のS席が一番多く、ここが売れなかったために余計に悲惨なスタンドに繋がった。ちなみに1991年にあった東京世界陸上では今回のC席に当たるB席が2000円、A席が4000円(今回は10000〜12000円)と今回の半額以下となっている。

S席を比較すると東京大会は初日から最終日までの通し券で75000円(1日当たり8333円)とこちらも今回の約半値となっている(午前を含めて割ると半値以下)。1991年から物価が大きく上がったとは思えず、お金にうるさい関西でこの値段で売るのは無謀だった。

観客を競技場一杯に入れるように努力することは運営側としての優先順位は普通ならばかなり高いはずだ。満員の観客の中で競技を行うことは選手のパフォーマンスアップに繋がると思われる。
そして世界中の多くの人がTVを通して観戦するが、ガラガラのスタンドを見て感じることはこの国は陸上人気がないんだなと感じ、そしてひいては世界選手権としてはかなりグレイドの高い陸上でこの有様ということはスポーツ自体の人気がないのではと疑われても仕方ない。

観客の問題と同じくらいの大問題が運営上の不手際だ。エリトリアの選手団に人数分のホテルの部屋が割り当てられず選手が床で寝なければいけなかったという前代未聞の事件が起きた。ホスト国は選手に競技に集中できるような環境を提供することが責務であるが、全く果たせなかった。他にも日本女子短距離の責任者の福島大学の川本監督は自身のブログで「それにしても、サブトラは不満。立場上、詳しくは書けませんが、46都道府県ではあり得ないことがここでは平気でやられています。本当にホスト国の一員として、恥ずかしい!もてなしの心は大切。」と記し、選手に悪影響が出るような運営をしていることが示唆されている。

そして運営上のミスの極めつけは50km競歩であと1周残っている山崎を競技場に誘導してしまうミスを犯し、山崎はそのままゴールラインを切ったものの周回数不足で失格となってしまった。

今回の大阪世界陸上は大失敗だったのは間違いない。大阪以外に住む日本人からすれば大阪は独特の文化があり、日本ということで一括りにされては迷惑だと思う人もいるかもしれないが、外国から見れば日本には運営能力がなく、日本のスポーツ熱は低いと思われるだろう(世界スキーでも観客の少なさが指摘されていたこともその印象を強める)。

−エース格の不調が惨敗の印象を強める−

大会終盤に入るまで日本の成績は全く振るわず、マスコミでは期待外れの論調が強かった。これは日本人全体が不調だったというよりも期待されたエース格が尽く力を発揮できず、予想以上の不振だったことが影響している。

メダルを期待された室伏は80m46cmと80mは超えたが80mオーバーが7人も出るハイレベルの戦いの中で6位入賞に留まった。室伏自身は80m超えが3回と北京へ向けた現段階とすればまずまずだったが、メダルを期待した国民にとっては期待通りの結果とはならなかった。しかし、個人的にはメダルは無理だと思っていた。というのは予選に登場した室伏の体つきを見れば誰もがそう思うだろう。室伏と言えば多くの投擲選手とは違い脂肪が少なく筋肉質な鋼の肉体をイメージするだろう(投擲選手はより多くの筋肉を獲得するために脂肪もある程度抱えるのが普通)。しかし、今回の室伏は脂肪が多く、かといって筋肉量も増えた感じはせず、悪く言えば体がたるんでいた。五輪後、髭を生やしたのも顔をシャープに見せるためではと思えるほど脂肪が多くついているように見える。今回は研究に忙しく、万全の体調で迎えられなかったという言い訳が立つかもしれないが、室伏完全復活の鍵は肉体をどれだけ鍛え上げられるかも大きなポイントとなると思う(報道では技術面のみ大きくクローズアップされているのは気掛かり)。

室伏以外の期待の選手は実力を発揮すれば決勝進出可能と思われたが、ことごとく体調不良に悩まされた。短距離のエース末續は200m1次予選後に体調を崩し、2次予選では全身が攣るほどの体調不良で1次予選のタイムから大きく遅れる結果で準決勝にすら進めなかった。
末續だけではなく、澤野も試技途中で足を攣り一度もバーを越えることなく競技場を去った。走り高跳びの醍醐も澤野同様に試技途中で足を攣って楽々越えられる高さで姿を消した。女子の中で最も期待された池田は暑さが堪えてうまく集中できず予選落ちとなった。前回銅メダルを獲得した為末は調子が上がらなかった上に1台目を倒してしまったことによりリズムが狂ってしまってまさかの予選落ちを喫してしまった。

このように決勝進出を期待された選手が尽く実力の半分も出せずに姿を消したことで日本チーム全員が絶不調かのように報道された。

個々を見ていくと明るい材料もそれなりにあった。男子100mでは1次予選で22歳の塚原が自己ベストの10"20をマークし、2次予選でもまずまずのパフォーマンスを見せた。朝原の準決勝や決勝のアサファ・パウエルを見れば分かるように前に人がいるとどうしても硬くなってしまいタイムが落ちる。前に人がいる状態でも自己ベストを出した塚原は非常によくやったと思う。

塚原以上に頑張ったのは朝原だ。去年は10"5を切るのさえ難しかったほどだったが、1次予選、2次予選と10秒1台を連発した走りは感動を覚えた。他にも800mの横田は自己ベストを1秒以上縮めたり、110mHの内藤、田野中、400mHの成迫もそれなりのパフォーマンスを見せた。

−日本は短距離をもっと強化すべき−

今回の日本チームの中で最も力を発揮したのは男子の4×100mリレーだろう。これまでの日本記録38"31を0.28秒も更新する38"03を決勝でマークした。このタイムは過去3大会では優勝レベルのタイムであり、今回のレベルがあまりにも高かったために5位という結果になってしまったが、なんら恥じることのない素晴らしいタイムと結果だ。

No.20のコラムで4×100mリレーについて触れたが、こんなにも早く38秒切りが視界に入るとは予想していなかった。まず朝原の復活が大きく、No.20のコラムで期待していた通りに塚原が伸びてきたことで38"03の好タイムが生まれた。今回で言えば高平の走った3走でのタイムアップの余地がかなりあり、ここを改善できれば4人平均10"20切りそして38秒切りの達成が近くなる。是非とも朝原にはリレーだけでもいいので北京のアンカーを務めてもらいたい。メダルが実力で手に出来る位置まで来ているのでモチベーションも保てると思うので挑戦してもらいたい。

そして高平も候補に加えてもう一人レベルアップした3走を据えることに強化の重点を置きたい。高平は背が高く本来ならば曲走路向きではない。層が薄い短距離陣なだけに現在の4人を脅かす選手が出て来て欲しい(出来ればコンスタントに10"30を切る選手)。

短距離がリレーで本気の黒人に混じっても堂々の戦いを展開したのに対して、トラック長距離は相変わらずまざまざと力の差を見せ付けられた。No.20のコラムに記したように日本が世界と戦っていけるのは長距離よりも短距離であり、もっと選手を取り巻く環境が良くなれば常時リレーでメダルを伺えるポジションにつけるはずだ(現在でいえばブラジルのポジション)。

−陸上のこれからが問われている時期−

最近目立っているのが、為末、澤野ら選手がもっと陸上の楽しさを知ってもらい、陸上競技をメジャーにしようと試みていることだ。この陸上の普及活動を率先して行っていた選手達の成績が振るわなかったことで選手は自分のことだけを考えるべきだと思う人もいるだろう。しかし、彼らの試みは大いに評価するべきだ。No.20のコラムに書いたように駅伝で企業のPRの場を持つ長距離選手以外はなかなか競技に打ち込める選手は少ない。そのことがどの種目も選手層が薄いことに繋がっている。

選手が頑張っている中で陸連の怠慢の責任は非常に大きい。日本選手権もガラガラの中での開催が当たり前の状態になっており、増田明美からもっとPRして集客に努めるべきだという意見が出ても一向に変わっていないように見える(この観客に拘らない姿勢が大阪大会にも繋がったように思える)。
陸連はどのようなビジョンで日本の陸上界を強化しようとしているのだろうか。現在のように企業に任せっきりで廃部になっても仕方ないで済ますスタンスなのだろうか。

為末が語っていた言葉にこれからの陸上界の進むべき道が見えてきそうな気がする。その言葉の趣旨は「別に陸上競技を専門にやらなくてもいいんです。ただ走ることや跳ぶことは他のスポーツの基本になります。そのスポーツを生かすためにやってくれてもいいんです。」と陸上専門にやる人だけを増やそうというのではなく、どのスポーツにも足の速さやジャンプ力が必要になってくるのでそれを強化するには陸上もやっておくのが最適ということだ。彼は広い視点でものを見ており、かなり共感を得る部分が多い。

では為末の理想を実現するためにはどうすればいいのか。このスポーツコラムの愛読者の方ならばピンと来たかもしれないが、そう、総合スポーツクラブの充実が近道だ。Jリーグの理念として掲げている総合スポーツクラブ。サッカーだけではなく、多くのスポーツを展開していき、地元住民もそこで汗を流す。

総合スポーツクラブが整備されればサッカーを専門にやりながら時には陸上のトレーニングを取り入れることが可能となる。サッカーは技術性が高い競技ではあるもののやはりフィジカルの強さや足が速かったり、ジャンプ力がある方がいいに決まっている。複数種目の連携が取れやすい総合スポーツクラブは利点が大きい。

陸上競技のことだけ考えてもそのクラブにトップ選手が所属していればジュニアの選手の良い手本になる(現在はトップ選手は企業に属しジュニア選手は学校別で練習と一緒に練習する機会は少ない)。ジュニア選手も小さい頃から一貫して指導を受けることができ、かつ有能な指導者の指導を受けられる。現在の学校の部活のみの育成だと指導者のレベルが学校によって大きく異なり、特に中学校で陸上の”り”の字も知らない教師が顧問であったりとせっかくの素材を潰しかねない状況だ。アメリカのように雨後のたこのこのように人材が沸いてくるのならそのような非効率的な育成方法でも大丈夫だろうが、黄色人種に加えて少子化で人材難になることが予想されているので効率的な育成方法を模索しなければいけないはずだ。
総合スポーツクラブに選りすぐりの選手を集めて一貫指導を施し、さらにこれまでのように部活で頑張る選手もいるような状況になればロスはかなり少なくなるのではないか。ただ総合スポーツクラブ化というのはまだまだ始まったばかりで何十年もかけて全国津々浦々に浸透していかなければいけない。
もっと国民全体がスポーツに対する意識を高く持ったり、行政府がもっとスポーツに対する理解を深めることも必要だと思う。最近スポーツ省を創設しようかという話が出たが、今までいかに行政府のスポーツに対する意識が低かったのかが表れており(票に繋がりにくいからだろうが)、税金の面とともにもっと積極的にスポーツに取り組んでもらいたい(全国民が気軽にスポーツできる環境になれば医療費も抑えられ国にとっても損ではないはずだ)。
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