−プロスポーツ空白地域− 2008年に日本フットボールリーグ(JFL)で4位に入り、成績以外の条件もクリアし、Jリーグ2部J2に参入することが決まったファジアーノ岡山FC。 全国的には地味な県である岡山県のシンボルになりうる可能性を持ったファジアーノ岡山について紹介していきたい。 岡山という地域はTVのエリアが香川県と同一で同じ中国地方の隣県の広島県や鳥取県、ましてや関西地方に位置する東隣の兵庫県よりも四国の隣県の香川が1番馴染みが深く、他の都道府県の人間から見ると一見関係が深そうに見える広島県は同じ中国地方だが、距離的に遠い(広島市よりも神戸市の方が近い)ためそれほど関心が高いとは言えない。 そのような事情もあり、プロスポーツというものが身近になく(一応香川にバスケットボールのBJリーグのチームがあるが岡山県内では空気の存在に近い)、スポーツで関心が高いといえば高校野球になってしまう。 地元紙ではスポーツ欄だけではなく、県内版の紙面を全国大会だけではなく、県大会から大きく割き、他県もそれほど違いはないのかもしれないが、高校野球の扱いは別格中の別格であり、他の高校スポーツは全国大会で好成績を収めるか、注目を集める県大会決勝の競技のみスポーツ欄で写真付きのそれなりの扱いを受けるのみなので県大会1回戦から事細かに報じている様は違和感を感じざるを得ない。 高校野球がない季節はプロ野球が紙面の幅を利かせ、関西ほど極端でなくても紛れもなく野球が牛耳っている県だったことは間違いない(四国独立リーグのチームの応援番組はあってもファジアーノ岡山の応援番組はひとつもないところからも特に上の年代の野球しか知らずに育った世代というのが表れている)。 サッカーは県北の美作市に湯郷ベルという女子サッカーなでしこリーグに参加するチームがあるが、岡山県の人口の83%以上が県南に偏っているため県北のチームに対してさほど親近感は感じられていないのが現状だ(長野のような地域間対立ではない)。 バレーボールチームでは岡山シーガルズというチームがあるが、バレーボールリーグ自体が従来の企業の宣伝を目的とした実業団リーグであるために、バレーボールチームとしては異例の親会社のない一応地域密着を標榜しているものの、今ひとつ浸透しておらず積極的に情報を求めている人以外には何をしたいのかよく分からないチームというのが正直なところか(チケットが当日3000〜3500円と映画等の他の娯楽施設の値段よりも高く、気軽に足を運びにくいのが地域に根差しきれていないひとつの要因かもしれない)。 そのような状況なので一部を除いた多くの県民の中にはプロスポーツどころかおらがまちのチームというものは存在してこなかったといっていい。ファジアーノ岡山の社長はスポンサー回りの中で度々岡山にはプロスポーツは無理だと言われていたほどだった。そしてようやく2009年から岡山県初のプロスポーツチームが誕生し、どのような反応が起こるのか期待と不安相半ばというのが正直なところだ。 −ボトルネックは地域リーグ決勝大会− ファジアーノ岡山は1975年に川崎製鉄水島のOBで結成されたリバーフリーキッカーズ(RKF)を中核チームとして2003年9月にファジアーノ岡山フットボールクラブが結成され、2004年から県1部リーグに参加する。 1年で県1部リーグから中国社会人リーグに昇格を決めるとそこからがJリーグを目指すどのクラブにとっても高い壁が待ち受ける。 サッカーに詳しくない人のために説明すると、日本のサッカーリーグの頂点は言わずと知れたJリーグ1部のJ1でその下にJ2が位置する。 ここまではほとんどの人が理解していると思われるが、その下はJFLが存在し、Jリーグに準加盟しているクラブでJFLでの成績(近年は4位以内)と観客動員数等の条件をクリアして初めてJ2に参入することが出来る(JリーグとJFLでは運営組織が違うので厳密に言うとJ2に昇格ではなく、J2に参入という表現になる)。 このJFLからJ2に昇格することの難易度は中国リーグ等の各地域リーグからJFLに昇格することの難易度に比べれば相当易しいと言わざるを得ない。 JFLは2回戦総当たりリーグのため比較的実力がそのまま順位に反映されやすい。つまりお金をかけて強化できれば成果は得やすいリーグと言える。 JFLに昇格するためには地域リーグの上位チームが集まって行う地域リーグ決勝大会を勝ち抜いて初めてJFLに昇格できる。 ファジアーノ岡山は中国リーグ参戦初年度の2005年から決勝大会に参加できたものの3年掛かってやっとJFLに昇格できた。 「3年掛かってやっと」と表現したが、あと何年掛かっても昇格できないことも考えられたくらい厳しい大会だ。 地域リーグ決勝大会は4つのグループに分けられ、各グループ3〜4チームの1位のみが決勝リーグに進むことができる非常に厳しいグループリーグで、その上4チームの組に入れば(2008年より各組4チーム構成となった)3日間連続して試合を行う非常識的な日程で戦わなければいけない。 2005年の岡山は健闘空しくグループリーグ敗退を喫して、地域リーグ決勝大会のレベルの高さと厳しさを体感して戦いを終えた。 2006年は決勝リーグまで勝ち残った。グループリーグ各組1位の計4チームで行われる決勝リーグはこれまた3日連続の過酷な日程が組まれ、10日で5〜6試合という殺人的なスケジュールの中でJFL昇格を目指す。 JFLに昇格できる枠は1.5〜3でJFLからJ2に昇格するクラブや合併するクラブなどの数によって年によって変動し、2006年は2枠だった。ファジアーノ岡山は3位に終わりJFL昇格を本当にあと一歩のところで逃してしまう。 2007年は東京ヴェルディからレンタル移籍してきた喜山等の加入もあり戦力をアップさせて3度目の正直に挑んだ。2年連続のグループリーグを突破すると決勝リーグではPK勝ち、PK負けと拮抗した2試合を終えて勝ち点3の3位とこのままでは自動昇格圏内の2位(JFLの関係で3位にも可能性はある)には勝ちしかない状況となった。その追い込まれた中で見事勝利し3年越しの悲願であるJFL昇格を果たす。 この地域リーグ決勝大会はもっと注目されても全然おかしくないと感じる。Jリーグとのレベルの差はあったとしても日本一過酷で熱い大会というのは間違いない。現在でもJリーグを目指す松本山雅や長野パルセイロ、バンディオンセ加古川などのクラブが地域リーグを抜け出せずに燻っているのを見るとこれほど厳しいリーグはないのではと思える。地域リーグ決勝大会を勝ち抜くには実力+αのものが必要でこのような理不尽な大会をよく3年で抜けられたなというのが多くのサポーターの見方かもしれない(社長もあと5年は覚悟していたと言わしめるほど難しい大会)。 |
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