【7月27日】
  
 高度順応の日。
 今日からいよいよ必要装備を全部持って山に入る。
 装備一式,着替,行動食,シュラフ,水5リットルを何とかザックにくくり付け,ロープウェー2回,チェアーリフトを乗り継いでバロー小屋へ上がる。小屋は,ドラム管を大きくしたようなもの  を横に倒し,中にベットを6つ並べ,それをいくつも並べたもので,まあまあ快適だ。ヒーター設備もあり,スリーシーズン用シュラフで寒くはない。
 ティータイムの後,今日はパスツーコフ岩(4700m)まで高度順応だ。
 昨日と同じく広い雪原をアイゼンなしで登高し,なだらかに進むと傾斜が少し増し,またなだらかになる。パスツーコフ岩の手前はスノーキャットでも登れないほど急になる。
 パスツーコフ岩直下はアイゼンなしでは危険ということなので,その手前の4600m地点の岩場で1時間ほど休憩する。
 休憩している間にも次第に気温が下がってきて,寒さには比較的強い私もさすが体の芯から冷えてしまった。グサグサの歩き辛くなった雪面をバロー小屋へ下る。
 19時夕食。鶏肉の煮込みマッシュポテトハーブ添え,鶏肉とジャガイモのスープで、食堂にはマリアさんという素敵な女性がいて作ってくれて,とても美味しくいただいた。

【7月28日】
  
 高度順応の日。
 6時東のほうから朝日が上がる。今日も雲一つない良い天気だ。猛暑のお陰で山の天気は安定して、しかも寒くない。
 あまりに良い天気が続くため,肝心のアタックの日には,崩れるのではないかと不安になる。
 朝食は目玉焼きと甘いおかゆだった。
 今日はアタック前の休養日ということだったので,チェアーリフトの下まで歩いて下り,リフトに乗って上がってきた。
 食べ過ぎで胃腸の調子が悪くなり薬を飲む。

【7月29日】
 
 いよいよアタックの日。
 バロー小屋からパスツーコフ岩下までスノーキャットをチャーターする。これで3.4時間は時間が稼げることになるが、スノーキャットは非常に高い。。
 午前4時,アイゼン,ハーネスを付けて出発,スノーキャットに乗り,パスツーコフ岩下4時30分着。 4時45分,ヘッドランプを付けていよいよ歩き始める。
 広大な雪稜だが,クレパス等があるので,どこを歩いてもいいという訳ではなく,ルートは決まっているようだ。
 ガイドを先頭にゆっくりペースで登る。今回のガイドはこれまで82回もエルブルースに案内したという大ベテランだ。更にアタック時だけもう一人ガイドが付き,ツアーリーダーも入れると  3人になりマンツーマン状態だが,幸い3人共足並みそろって行動できたため,ガイドは手持無沙汰のようだった。標高5000m位まで登ると右の山々から朝日上がり始め,それと共に  影エルブルースが現れる。
 急な直登の後,サドルに向って左斜めのトラバースの道になる。左側に滑落しないよう注意が必要だ。ゆっくりペースだが,結構,何人も追い越しながら登っていった。
 斜高が終わると回り込むような500m位の水平な道になり,東峰と西峰の鞍部に着く。大勢の人があちこちで休んでいる。
 雲一つ無い晴天に恵まれ,標高の割にはそんなに寒くなく,絶好の登山日和だ。だけど,標高5000mを超えているのでやはり呼吸は苦しい。最年長のWさんは何と歌を歌いながら   登っていた。普段トライアスロンやギリシャの240kmマラソンをはじめ、ハードなマラソンに度々参加しているというから余裕なのかも知れない。
 サドルで40分の大休止の後,いよいよ西峰(5642m)に向って登り始める。
 急な斜面を右から回り込むようにピッケルを使いながら登る。エルブルースの山頂がようやく見えてくる。今まで見えていたのは西峰の一角だったのだ。
 小広いなだらかな雪稜になるが,山頂はまだまだ数百メートル先だ。足が重い。息が苦しい。山頂直下は僅かに急になり,ガイドのオレックさんが脇に避けて「先にどうぞ!」と先頭を譲ってくれた。最後の登りが一番苦しかった。山頂には他のパーティ4.5人がいた。「コングラチュレイションズ!」と言ってもらった。360度の眺望だ。

エルブルース山頂

 山頂は10人も立てばいっぱいになるほどの狭さなので長居はしていられない。写真を撮って20分ほどで下山にかかった。
 充実感を胸に,あっという間にサドルまで下り,ここでオーバーズボンやヤッケを脱いで大休止した。
 ここから来た道をバロー小屋まで下るわけだが,斜高した所は滑落に注意し,長い長い雪原をアイゼンで下った。
 陽に照らされて雪の表面が解け,川のように大量の水が流れていたり,またその解けた水が夜間に凍って氷の斜面になっていたり,グサグサの雪面はとても歩き辛かった。疲れ切っ  てようやくバロー小屋に辿り着いた。我々の2日遅れで入山した日本人グループも、後で聞いたところ,全員登頂を果たしたとのこと。夕食にはガイドが「コニャック」を差し入れてくれた。ビールがうまかった。
  (パスツーコフ岩下―3:45−サドル(40分休)ー1:35ー山頂)


【7月30日】

 山を下りる。
 朝食を食べ,荷物をまとめて下山にとりかかる。各国の登山隊にサヨナラを言う。
 リフトは各国隊の下山や荷物降ろしで混雑していた。水5リットル分だけ軽くなった。
 リフト、ロープウェイ2基乗り継いでテレスコルへ下る。
 オレックさんの案内で,バクサン川の対岸へ行った。これまで分からなかったが,賑やかな土産物店が並んでいる所があり、レストランで食事をした。サラダとラッグマンと言われるシー  プとビーフの入ったスープが美味しかった。ビールはローカルビールで,日本のエビスに似た味だった。初めて通るハイキング道を通ってホテルへ戻った。
 川はこのところの暑い日差しで氷河が解け,濁流となって猛烈な勢いで流れていた。
 19時,ホテルで夕食を取り,その後パブのような所へ行った。ビール(1瓶50ルーブ,日本円で150円,非常に安い。)を飲んで夜11時戻った。

【7月31日】

 予備日
 エルブルースが予定通りいったので,予備日が余った。
 昨日の土産物広場の奥からチェアーリフト2基乗り継ぎ,チェゲットという所へ上がった。
 エルブルースを対岸から眺められる絶好のの絶景ポイントで,観光客が次々に訪れていた。ここはスイスアルプスによく似ている。
 下りですれ違ったリフトには迷彩服を着て銃を持った国境警備隊の若者が次々に上がってきていた。黒い犬を抱いてリフトに乗っている兵士もいた。
 その後,車でミネラルウオーターポイントへ行った。
 数か所から水が湧き出ていて,飲んでみたが鉄臭くて発砲系なので,あまり美味しいとはいえない。
 ラムの巨大な櫛挿し,オレックさんが用意してくれたウォーターメロン,サラダなどをおなかいっぱいいただいた。
 帰りは土産物を買い,ブルーベリーを摘みながら帰った。


【8月1日】
  
 日本へ帰る日
 8時の国内線に乗らなければならないので早朝4時,ホテルを出る。
 帰りはウエイトを要領よく調整したので,スムーズにチェックインでき,モスクワのヴォヌコヴ国際空港に10時40分着く。
 この空港は現在改装中で,まだあまり店も少ない。
 帰りの飛行機の時間まで暇があったので,モスクワで有名な「赤の広場」を見学に行った。(この5日後、森林火災の煙がモスクワ全体を覆い始め大変なことになった)
 車を止めるスペースもなく,広大な広場は多くの人で混雑していた。
 あまりの暑さに,噴水や堀に飛び込む人もいて驚きだ。さっと一通り見て,空港へ戻った。
 チェックインを済ませ,20時成田に向け離陸した。


【8月2日】

 予定どおり午前10時半、成田に着陸した。
 空港からは乗り合いタクシー(11500円)で新潟の自宅まで戻った。

【おわりに】


 エルブルースは今年一番の目標だったので,天候に恵まれ,メンバーに恵まれ,無事登頂することができて本当に嬉しい。何しろ標高5642mだから高度障害も心配だったし,トレーニング不足だったので,登れるかどうか不安でいっぱいだった。ただ,天候だけは毎日安定していて,その点だけは心配なく,山はいつでも我々の登頂を待っていてくれた。また一つ海外の高峰を登った充足感で今はその余韻に浸っている。