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英語配列の歴史


タイプライタ創造記

Sholes-Gliddenモデルタイプライタ(1874) お手元のキーボードを見てみてください、アルファベットもカナもぐちゃぐちゃに配列してありますよね。これには歴史的経緯があるのです。皆さんがお使いのキーボードはQWERTYキーボードと呼ばれているものです。なぜQWERTY(クワティー)と呼ばれているかとと言えば、上から2段目の左からQWERTYと並んでいるからだといわれています。もっともQWERTY(クワティー)はあくまでアルファベットの配列の事ですので、いわゆる英語キーボードを除いて日本語配列はまた別の話になります。ほとんどの方がお使いのキーボードはQWERTY配列/旧JIS配列キーボードと言うことになります。日本語配列については後述します。

 今のQWERTY配列はもともとタイプライタが作られたときに採用された配列が元になっています。タイプライタは1873年にショールズ(Christopher Latham Sholes)がレミントン社から発売しました。(右の写真は1874モデル)

 タイプライタの発明はショールズと彼の友人であるグリッデン(Carlos Glidden)とソウル(Samuel W. Soule)の共同で、簡単なタイプ式ライティング機を製作したことに始まります。しかし初めに制作され、1867年に特許申請されたタイプライタはABC順2列に配列されていました。この初めに制作されたタイプライタはとても実用に耐えるられるようなものではなかったと言われています。支柱の上に印字用紙を巻き付けたプラテン(ローラー)を置いて、キーをタイプすると円形に並んだタイプバーが下からインクリボンと共に跳ね上がってタイプをするというものでした。その際にタイプバーが近かったり、素早い打鍵をしたりするとタイプバーのジャム(絡み合い)を起こしたそうです (但し、世界初のタイプライタに関しての特許は、1714年にイギリスのミル(Henry Mill)が取得したものだといわれています)。

ショールズのファーストタイプライタ(1867) 同1867年に出資者の一人でもあるデンシモ(James Densmore)が制作に加わり、6年間の努力の結果ショールズは4段の今のQWERTY配列に近い配列を作り出しました。

 1873年にデンシモはレミントン社と共に、大幅に改善したSholes-Gliddenモデルの「タイプライタ」を製造し始めます。製品化の過程で最初はピリオドマーク「.」の位置にあった「R 」を上段に置き換えました。それはセールスマンがブランド名「TYPE WRITER 」を素早く打鍵して、製品のプレゼンテーションを効果的に行う為に、「TYPE WRITER 」の10 文字を全て一つの列の中に収めるのが目的だったと言われています。


QWERTYに関するウソ?ホント!?

 なぜ今のQWERTY配列になったかという理由に関しては、諸説入り乱れています。
一番よく耳にするのが「タイプバー(印字棒)がジャムる(絡まる)のでわざと打ちにくい配列にした」という説と、「セールスマンがTYPE WRITERと打ちやすくするため」という説です。上にも書きましたが、どちらの説も理由の一部分を説明したにすぎません。考えても見て下さい、タイプバーが絡むので打ちにくい配列にしたのでしたら、「ER」や「TR」や「TH」といったDigraph(2重子音)が近くに配列されるはずもありません「ED」なんかもよく続けて打鍵しますよね。実際にはできるだけ打ちやすくしかも絡みにくい配列を目指して作られたようです、その際にdigraphを動きがぎこちない左手に集めてジャムを防止しようとしたという説や、印刷業の植字工組合の制定した活字箱の配列法を基にしたという説もあります。

 しかしなぜ「わざと打ちにくい配列にした」という「創造神話」がまことしやかに語られるのでしょうか?これは実際Qwerty配列が合理的とは言えないと感じている人が多いからではないでしょうか。実際レミントンのQwerty配列のタイプライタは発売当時それほど商業的に成功したとは言えませんでした、「DHIATENSOR 」とホーム列に配置したIdealキーボードなど様々な配列やデザインのタイプライタが登場しました。しかし1890年代に入ると現在のQwerty配列がデファクトスタンダードとしての地位を確立しました。 それはタイピストの養成学校でQwerty配列のタイプライタが使われた為でした。タイピストがQwerty配列を習得するようになると、キー配列はQwertyへのロックインされてしまい、Qwerty配列は市場を席巻してしまいました。

 タイプライタ出現当時は2本指を使って行う拾い打ち(hunt and peck method)が使われていました。手の指全部を使って行うタッチタイプ(ブラインドタッチ)が行われるようになったのは1890年代後半からです、そしてそのブラインドタッチは主にQwerty配列上で行われました。


Dvorak配列がやってきた Yeah! Yeah! Yeah!

 不合理なQwerty配列に対抗して、1936 年にワシントン大学の教育心理学者ドボラック(August Dvorak)博士が,アルファベットの出現頻度に基づき打鍵効率の向上を徹底的に追求したDSK(Dvorak Simplified Keyboard)を開発し特許を取得しました。 ちなみにドヴォラク博士は作曲家のドヴォルザークのいとこだそうです、しかし「dvorak配列」の場合、「ドボラック」と読むのが一般に普及しているので、このサイトではその読みに従っています。

 Dvorak配列は第二次世界大戦中アメリカ海軍で研究され、その優位性が証明されました。 さらに数々のタイプコンテストで優秀性が実際に証明され、ほとんどのタイプコンテストの優勝者はDvorak配列を使っていると言われており、 またギネスの記録もDvorak配列で出されています。Qwerty配列よりもおよそ10−40%優れているとされています。また昨今問題になってきている腱鞘炎等のR.S.I.(反復運動過多損傷)の予防と言う観点からも注目されてきています。1983年にANSI(American National Standard Institute)第2規格となっています。日本でもTronキーボードで採用され、またWindowsやLinuxやMac等にも搭載されるなど、最近になってまた勢いを取り戻しつつあります。しかしすでにQwerty配列がデファクト・スタンダードとして確立されている為、Dvorak配列を使用しているのはいまだに一部の好事家とプロのタイピスト位です。またアメリカのある州政府機関ではDvorak配列のキーボードの採用が要請されたとも聞きます。

 Dvorak配列はQwerty配列よりも遙かに優れているのにも関わらずシェアを崩せなかったことから、経済学の「ロックイン(Lockin)」や 「経路依存(path dependance)」などの複雑系経済学の格好の題材になっています。


日本語タイプライタの出現

 日本語を入力可能な初期のタイプライタとしては、少なくとも1897年には、レミントン社製のカナと幾つかの漢字が使えるタイプライタが存在した、といわれています。 しかしどの様な物であったのか現在ではよく判っていません。その後1915年に、発明家杉本京太により漢字約2400文字が使用できる邦文タイプライタが開発されましたが、 現在の価格で百万円余という価格で、植字機を小型化したかのようなシステムであり、個人が使えるような物ではありませんでした。 他にも東京帝国大学教授田中館愛橘らが中心となり、日本語入力に特化したローマ字表記タイプライタが開発され(例えば「タイプライタ叩く楽しさ」なら「Taipuraita tataku tanosisa」と表記する)、主に速記の分野で使用されていましたが、 ローマ字表記を後で漢字かな混じり文に直す必要があったため、特定の分野で使用されるに過ぎませんでした。
 個人での使用に耐え得るタイプライタとしては、1923年に外交官・実業家山下芳太郎が私費を投じ、米国アンダーウッド社に製作を依頼した、カナモジタイプライタが広く知られています。 カナモジタイプライタは、現在の標準的なカナ配列である旧JIS配列の母体となったものですが、もともとあいうえお順に近い配列だったのを、山下氏の没後タイプライタのキー数が42個から48個に増えたときに、 それまでキー数が足りずにシフトで切り替えていた文字(「ぬ」「む」等)を盲目的に配置したことから、このような全く持って不可解な配列になったと言われています。

 それ以後上記の3方式や12段階もシフトがある漢字テレタイプが分野により使い分けられていましたが、どの方式も英文タイプライタの効率には遠く及ばず、一般にはあまり普及しませんでした。
その状況を劇的に変えたのは、1979年の電子式の日本語ワードプロセッサの登場でした。これにより漢字かな混じり文を簡単・正確に扱えるようになり、爆発的に普及しました。 その際にキーボードの配列として、1972年に従来からの実績を尊重ということで制定された旧JIS配列(JIS C6233)が採用されました。


日本語配列の変遷

 現在の入力方式の主流として、JISかな入力とローマ字入力があります、この両者は日本語配列の出現当初から存在しました。 JISかな入力方式はカナモジタイプライタをその祖とし、ローマ字入力はローマ字表記タイプライタの系譜を継ぐものといえるでしょう。 またローマ字には訓令式とヘボン式がありますが、ローマ字入力では両者を混ぜて使用している事が多いようです。

 日本語ワードプロセッサが普及するようになると、カナモジタイプライタ配列の改悪版とも言うべき旧JIS配列に対して不満を持つ人が増え、様々な新配列が考案されるようになりました。 特に文字配置の不合理さと、日本人の手の大きさでは届き難いキー列4段使用に不満が集まりました。そこで1986年に工業技術院が中心となり、 3段小指シフト方式でカナの出現頻度に基づいて配列された新JIS配列(JIS C6236)が制定されました、しかし1999年に「使用実態がないため」廃止になっています。また1987年には富士通から3段親指シフト方式のNICOLAが発売され、 日本語ワープロ「オアシス」に搭載されました、親指シフトとも呼ばれるこの配列は、今現在も多くのファンの方がいらっしゃるようです。
 新たな試みとして、東京大学教授山田尚勇によって無連想式漢字直接入力方式T-codeが開発されました、 これは各カナや漢字に無連想にコードを割り振り、FEP(Front End Processor)やIME(Input Method Editor)などの仮名漢字変換システムを通さずに(若しくは限定的に使用して)日本語を入力する方式で、 例えばT-codeで「雨」を打つ場合QWERTYのキーキャプションで「tx」と打ちます。この方式は変換作業を無くしたため、画面で変換を確認する作業がいらず、見た文章や考えた文章がそのまま入力されるという利点を持つのですが、 反面、使用するすべてのカナや漢字のコードを覚えねばならず、習得に非常な労力が掛かかるため、シェアを広げられませんでした。またT-codeを改良したものにTUT-codeなどがあります。

 また電子式のワードプロセッサが登場したことにより、ローマ字入力による仮名漢字変換システムが登場し、英文入力との親和性等から現在はこちらが主流になっています。 しかしローマ字入力で使用するQwerty配列は、元々不合理な配列である上に、子音の後に母音がほぼ必ず来る日本語入力では、英文入力時以上に非効率であり、 様々な新配列や改善案が提案されています。まず1983年にNECの森田正典によってM式が考案され文豪に搭載されました、またPC-9800用として「楽々キーボード」(ラッキーボード)が発売される等、 それなりのシェアを持ちました。今でもAtokには搭載されています。また左手子音右手母音・撥音入力が可能なSKY配列が白鳥嘉勇らによって開発され、多くの改良版が存在しています(拙作DvorakJPもこの系統に属します)。

※新JISキーボード


ショールズタイプライタの画像はThe QWERTY Connection様より許可を頂いて掲載しております。
新JISキーボードの画像はマイケルの部屋様より許可を頂いて掲載しております。
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