Destiny U

 

程なくして初陣の日はやってきた。

夜毎現れる盗賊団が、貴族の家々に押し入り、街を荒らしているという。衛兵では手が足りず、騎馬連隊が出陣する事となった。

「第一斑、守備につけ!」

連隊長の合図で、アンヌは緊張と興奮の中、馬を走らせる。街のあちこちに潜み、敵を粉砕しようという作戦だ。

「神のご加護を…。」

不安に押しつぶされそうになりながらも、胸に抱いた亡父の短剣をお守り代わりに、心の中で何度も十字を切っていた。そして、その祈りは別の班で備えるロランにも向けられていた。そのロランは、震える体を必死に抑え、来る瞬間を静かに待ち続けた。

「レオニード君。初陣の成功、祈っている。」

備えるアンヌの隣に、アスターが馬を並べた。アンヌは緊張の面持ちでアスターを見遣り、敬礼した。

「御意のままに…」

アンヌが返した言葉と重なる様、夜の闇の中、伝令が此方へと近づいてくる。アスターは二言三言言葉を交すと、第一班に合図をした。

「隊長より伝令…直ちに、西A地区へ向かう!」

アスターの指揮でアンヌ達第一班は馬の腹を一斉に蹴った。

夜闇の街を駆け抜ける。とある貴族の館前で、盗賊団数名を捕らえたとの伝令だった。其の館を中心として他の館にも仲間がいると判断し、その付近一帯を取り囲む事となった。網状に包囲すれば容易に突破はできないだろう。一網打尽も可能かもしれなかった。

やがて、指示されたポイントへと辿り付く。アンヌは、仲間と同様、全神経を集中して闇を見つめる。アンヌの配備された館前は静けさに包まれていて、人一人見当たらなかった。己の息遣いばかりが耳について鬱陶しい。

「副連隊長…!」

何者かが、アスターへと囁く。其れを耳にしたアンヌはぴくりと身体を動かし、アスターが見遣った闇へ視線を移す。

人らしき者が蠢いている。数人の人影が朧に見える。アンヌは手綱を強く握り締めるとアスターの指示を待った。

「…前進…!!」

アスターの声と同時…アンヌ達、数名の騎士が馬を瞬時に駆り出した。

『シャァァァァンッ!!』

剣を抜き放ち、今ははっきりと目に映る人影へ詰め寄ってゆく。

「止まれーー!其の先へ進ませる訳にはゆかぬ!騎馬連隊、第一斑…アスター=サニュエルが命ず!!汝ら止まられよ!!!」

アスターの声が響いた刹那、人影は動きを止めた。アンヌは目を凝らし、やがて息を呑んだ。松明に照らされ、アスター達騎士を見上げる其の男達は、両手足を縛られ、口を布で塞がれていたのだ。

「こ、これは……!」

アスターも、他の騎士達も目を見開いた。アンヌは胸に疼くものを感じ、アスターへ視線を投げる。アスターが視線を返す頃には、アンヌは馬から降りていた。やがて許しが出れば、其の中の1人へと近づいて、口を塞ぐ布を剥ぎ取った。

「あぁぁぁ…騎士様…嗚呼…お許しを…お慈悲を…あっしらは騙されたんです…奴らに嵌められたんです…!!いい仕事があると聞いて…あっしらは…あっしらは…!!」

初老の男は涙を浮かべながらアスターを見上げた。やがて膝まづいて頭を垂れる。アンヌは残り3名の布も取ってやり、静かに見守っていた。恐れ慄く人々の姿は見ているだけで胸が詰まる。冷静さを保ちながらも、心の中は嵐の様だった。

瞬時に状況を察したアスターは、素早く伝令を呼び寄せた。

「囮発見…!西A地区には既にいないと思われる…!!手薄な教会へ向かう!!」

貴族の館を中心に待機していた騎馬連隊は、教会地区の配備が手薄だった。そちらは衛兵隊に任せてあるものの心許ない。

「急げ!大聖堂へと向かうぞ!!」

アスターは合図を送ると馬を走らせた。念のため、数名を其の場に残し、他の者は後に続いた。アンヌは囮達を一瞥したものの、すかさず騎乗して後を追う。そして、盗賊団に騙されたらしき彼らが罰せられないよう祈っていた。

 

「捕らえよ!!捕らえよ――!!」

闇に声が響く。多勢の盗賊を前に、衛兵、並びに騎士数名が剣を振り上げていた。教会地区は騒然とし、大聖堂へと入り損ねた盗賊達が散り散りに別れて逃れようとする。

教会地区に配備されていたロランは、震える手で剣を握り締めていた。遂に、己の手で人を斬る瞬間が来たのだ。目に入った盗賊を夢中で追いながら、心に浮かぶ戸惑いを懸命に拭い去ろうとしていた。

「止まれ…!剣を捨てよ!!」

やがて、ロランは1人の盗賊を追い詰めた。狭い路地へ逃げ込もうとした刹那、目前へと回り込んだのである。盗賊はロランを睨み据え、握った短剣を引こうとはしない。

「再度…申す…。剣を捨てよ!!」

ロランは引き抜いた己の長剣を盗賊へ突きつけた。

『シュッ!!』

その刹那である。空を裂く音と同時、右大腿に焼ける様な痛みを感じた。思わず声を洩らし、己の足へと視線を向ければ、一本の短剣が深く突き刺さっていた。盗賊はロランの隙を見逃さず、瞬時に闇へと消える。そして、短剣を投擲した仲間の盗賊も、同時に消えていた。

「…く…ぅ……。」

ロランは逃げた盗賊を追う事はせず、大腿に突き立った短剣を引き抜いた。勢いよく流れる血を感じながら、口元へ笑みを零す。

「…これで…暫く休める…かな…。それとも…解放される…かな…。」

布で傷を覆った直後…、今度は自らの手で左上腕部に短剣を突き刺した。

「ぅ…くッ…。…丁度いい…や…。…これで丁度…いい…。」

ロランは腕からも激しく血を噴出しながら、背後に追って来た仲間の声を聞いた。どこか安堵した様な、複雑な表情を浮かべ静かに呟いていた…。

 

「引け!剣を引け!!汝の逃れる術はないぞ!!」

アスターは、衛兵数名と共に盗賊団の頭を追い詰めていた。謀られても尚、素早く機転を利かせた為、その陰謀と逃亡をぎりぎりの所で阻止できたのである。大聖堂が標的になるとの判断は事前の下調べをしていたアスターの努力の賜物であった。

 

アンヌは騎士数名と共にほぼ同数の残党と対峙していた。掌に汗が滲み、柄を握る手が震える。

『シャッ!』

盗賊は一斉に短剣を引き抜いて、襲い掛かってくる。アンヌは馬の手綱を繰りながら1人の向けた短剣を長剣で受け止めた。そして、素早く手首を捻ると、斜め上方へと切り上げる。その瞬間…剣の威力の差で、盗賊の短剣は容易に吹き飛ばされた。

「チィッ…」

焦りの表情と共に、舌打ちする盗賊へ馬を寄せ、アンヌは更にその喉元へと剣を突きつけた。チラ、と周囲へ視線を向ければ、『頭』を失った盗賊達が次々と平伏している。

「安心なさい。命までは奪わない…。」

アンヌは盗賊へ視線を戻し、同じく平伏した其の男を拘束した…。

 

こうして、数名の盗賊を取り逃したものの、初陣は成功に終った。

 

アンヌは神に祈りを捧げ、悦びに包まれながら明けの明星を見上げていた…。








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