Delight U

 

「士官学校……ですか!?」

休日の広場。18の誕生日を迎えたアンヌは、唐突に切り出された話に、ひたすら瞬いていた。目の前に立つのは、アスターだ。長身の彼は思い切り手を伸ばし、樹木の枝をしならせては放したりして弄んでいる。アンヌは其れを目で追いながら、口を開いた。

「私が…あの…士官学校へ?推薦して下さると、そういう事ですか?」

「嗚呼、私は本気だ。君の活躍ぶりは誰の目から見ても著しい。特に、先日行われた

騎馬試合で、君は何人の猛者を倒したかな?」

悪戯に笑むアスターを見遣り、アンヌは口を噤んだ。確かに、あの試合で自分自身の成長を実感できた事は確かだ。しかし…士官学校とは考えてもいなかった。

「将軍に…上官になれるか否かは君次第だが、試してみる価値はある。どうだ?アンヌ=レオニード君。」

「は、はい…。光栄に思います。挑戦させていただきます。」

僅かに緊張した面持ちで敬礼するアンヌを、アスターは微笑んで見つめる。

「気負う事はない。君は今まで通り、君らしく前へ進めばいい…。」

「私…らしく…。」

アンヌは笑んでアスターを見る。そして…出会った視線は…暫く離れずにいた…。アンヌは半ば混乱しながら、さっと瞳をそらし…再び敬礼した。

「では…失礼します。すぐにでも勉強を始めます。サニュエル副連隊長のお力添え、誠に感謝します!」

踵を返し、殆ど小走りになって去るアンヌを、アスターは黙って見送った。

「…共に上を目指したい…。共に……。」

届かぬ声…。アスターは何かを振り払う様に、アンヌとは逆の方向へ踵を返した…。

 

 

 

 

 戸惑っている。自分の心がわからない。鳴り止まぬ鼓動は何故なのか…。この、苦しい程の胸の高鳴りは…。

 彼を見る時…彼に見つめられる時…何故瞳をそらしたくなるのだろう。それとは逆に見つめていたいと望む自分もいる…。何故なのだろう…自分はどうしてしまったのだろう。 

 教えて欲しい…誰か…。けれど…誰に言えばいいのだろう。いや、言いたくなどない。

 「お母様…。」

こういった時、母がいたら教えてくれたのだろうか。導いてくれたのだろうか…。母にならば秘密を打ち明けられただろうか…。ロランはどうだろう…。愛する親友は助言を与えてくれただろうか…。

アンヌは机に向かい、羽根ペンを握り締めたまま、遠くを見つめていた。買い込んだ教科書がうずたかく積まれている。勉強は順調に進んでいて、実技の稽古も欠かさずにいた。けれど…時々、どうしようもなく物思いに耽ってしまうのだ。自制の利かぬ己の心に半分苛立ちながらも、一方では心地良く感じる己もいる。

「いけない。試験はもうすぐだわ。ぼうっとしている暇はないのだから…。」

アンヌは独りごち、教科書を読み進めた。

 

 やがて…アンヌは18歳で士官学校の門をくぐる事となる。実力さえあれば、短期で卒業し騎士団を率いる事も夢ではない。

そうして…殆ど、学校の敷地内で過ごし、連隊の仕事は中断していた。 

アンヌは、何かに戸惑う己の心も全て受け入れ、希望と共に日々を過ごした。今までにはない程充実した日々だった。沢山の友を得て、夢を語り合った。日増しに心は逞しくなり…自信と悦びで満ち溢れていた……。

そしてアスターも…。騎士団長に任命されようとしていた。団員を率いて国に遣えるのだ。その人望と実力が認められたのだった。

 

 

再び二人が出会ったのは…アスター25歳、アンヌ20歳の時だった。

アスターは騎士団長に任命され……そして、アンヌはサニュエル騎士団の副騎士団長となっていた。

運命は…再び二人を導いた…。

 

 

「おめでとうございます。アスター騎士団長。」

女騎士は胸に手を当て、跪いた。長身の騎士は、その言葉を真摯に受け止め、礼を返す。

「同じ言葉を返そう。アンヌ副騎士団長。」

二人は顔を見合わせ、笑みを交した。

静かな聖堂内。祭壇に掲げられる十字架は、蝋燭に照らされ、揺らめいている。

「共に力を合わせ、団員を率い…神と国家に改めて忠誠を誓おう。私は今、悦びに満ち溢れている。その悦びは大きな力となるだろう。そして……」

アスターは隣に立つアンヌを、深い蒼の瞳で見つめた。アンヌは、きつく結わえた茶の髪を揺らし、同じ茶の瞳でその視線を受け止める。

「君は私に勇気を与えてくれるだろう。部下として、だけではない…。私は……」

アスターは言葉を止めた。その瞳が瞬間揺らぐ。アンヌは戸惑い、唇を引き結んだ。言い様のない緊張で、手を握り締める。

「いや、優秀な部下として期待している。進もう。共に…団員と共に。」

アスターはまるで言葉を絞りだすかの様に告げた。アンヌは、小さく息を吐き、深く頷く。

「御意のままに…。」

その後、数時間祈りを捧げた。二人の心は騎士という名の元に結ばれたのであった。

騎士という名の元に…。

 

 

 そして国全体が不穏な空気に包まれ始めたのもこの頃だった。

王の目論見とは逆に、国家財政はひっ迫していた。やはり、アリスト製品の独占は打ち破られたのだ。アリストのみに感心を寄せていた顧客は、他国へも目を向け始め…やがて独占は終わった。同時に金も流れてゆき、国としての収益は大幅に減った。

しかし、国王は城の建立を諦め様とはしなかった。この状況で資金が足りなくなれば、目をつけるのは税金である。負担は民にも課せられた。増税したのである。

国民の生活は激変した。重税とも言える其れに、対応できる民など一握りだった。大半の国民は税にあえぐようになる。事態は刻々と深刻さを増していったのだ……。




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