山形城
別名 霞ヶ城
種類 平城
築城年 延文2年
築城者 斯波兼頼
遺構 石垣・堀・門
所在地 山形市霞城町


山形城西門石垣

山形城は、延文2年に出羽按察使として入部した斯波兼頼によって築かれた。子孫は最上氏を称し、11代目義光のときに勢力を拡大。関ヶ原合戦の際に攻めてきた上杉軍の将、直江兼続が山形城を望んだところ、霞がかかって所在が知れなかったことから霞ヶ城と名づけられたという。関ヶ原合戦の功で、最上氏は57万石の大名となるが、義光の孫、義俊の代で御家騒動により改易。以後、目まぐるしく城主が変わる。現在は、復元された二の丸東大手門、石垣などが往時を偲ばせる。