| 鶴ヶ岡城 |
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もとは大宝寺城、大梵寺城と呼ばれ、武藤氏の居城であった。戦国期に最上、武藤、上杉の庄内を巡っての争乱の場となる。慶長5年(1600)の関ヶ原合戦後に庄内を与えられた最上義光が、この地を重要視し、復興して名を鶴ヶ岡城と改めた。酒田の東禅寺城を亀ヶ崎城と改めたので、鶴亀と対にしたといわれている。元和8年(1622)最上氏改易後は、徳川譜代の酒井忠勝が入封する。明治まで酒井氏が藩主となり、幕末維新では、新政府軍と徹底抗戦した。現在は公園になっていて、藩主酒井氏を祀った神社がある。 | ||||||||||||