| 清水城 |
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正確な築城年は定かではなく、古代にまでさかのぼるといわれている。この城が本格的に整備されたのは、戦国期とみられ、武藤義勝が在城した。天正8年(1580)に義勝は最上義光に追われ、村上に逃げるが、天正16年(1588)に、父の本庄繁長と共に清水城を攻め滅ぼし、尾浦城も落とす。しかし翌年には本庄氏と共に所替えとなり、上杉氏の領有となる。慶長5年(1600)長谷堂合戦で勝利した義光は、その勢いで庄内に侵攻する。延沢満延がこの城を攻め、10日の攻防の末、落城した。元和元年(1615)一国一城令で廃城となり、現在では往時の面影は全くみられない。 | ||||||||||||