| 新庄城 |
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元和8年(1622)最上氏の改易後、戸沢政盛は鮭延城(真室城)に入るが、狭くて不便であったため、幕府の許可を得て、寛永元年3月、この地に工事を開始。翌年3月に完成させた。しかし築城4年後に天守が、寛永13年(1636)には城の櫓までもが大火で焼失する。藩主政盛は復興に尽力し、城下は整備された。戸沢氏は約250年この地を治めるが、戊辰戦争(1668)で秋田城主の佐竹義堯と共に政府軍についたため、攻撃を受け落城。城は焼き払われた。11代藩主、正実の母が薩摩島津家の出生であったために薩長軍についたらしい。現在は最上公園になっていて土塁、堀が残る。 | ||||||||||||