| 湊城 |
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安東氏は津軽を拠点としていたが、嘉吉3年(1443)南部義政に追われ、この地に移った。天正7年(1579)、幼少の高季の後見となった檜山安東氏の愛季は、両安東を支配し、男鹿半島の秋田中央部や周辺の豪族を従え、比内地方も勢力下に置いた。天正15年(1587)愛季が死ぬと、翌年に高季が謀叛を起こし、戸沢氏や小野寺氏を巻き込んで、檜山対湊の騒動に発展する。愛季の子、実季はわずか13歳ながら、300の鉄砲で10数倍の敵に応戦した。湊城は、実季が慶長7年(1602)常陸に移封になるまで約160年間、湊安東氏の居城として栄えた。 | ||||||||||||