| 松山城 |
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元和8年(1622)の最上氏改易に伴い、酒井忠勝が鶴ヶ岡に入部した。最上川流域にあり、以前から支城として中山館があったが、慶安2年(1649)に支藩として陣所が置かれた。寛文4年(1664)に中山から松山に名を改められ、天明元年(1781)頃、7年の歳月をかけて本丸、仮御殿、二の丸、三の丸、土塁、堀を築いた。これが松山城の始まりである。慶応3年(1867)の戊辰戦争の際に、松山藩は幕府軍に属す。翌年ここを拠点にして、鶴ヶ岡と共に戦うが降服。開城し、その後廃城となった。現存している大手門は寛政4年(1792)に再建されたものである。 | ||||||||||||