金沢柵
別名  
種類 山城
築城年 平安後期
築城者 清原氏
遺構  
所在地 横手市金沢


金沢柵登り口

かねざわのきと読む。平安後期に「後三年の役」が起こり、源義家、義光の軍に攻められた。清原家衡は、はじめ平地にある沼の柵に篭っていたが、再戦に備えて山城のこの柵に入った。家衡は頑強に抵抗し、義家軍を苦しめる。しかし力攻めから兵糧攻めに切り替えられ、飢えに苦しんだあげく、柵に火を放ち打って出るが、ことごとく討ち取られる。以後、奥羽には清原清衡が残され、平泉に本拠を置き支配権をうちたてていく。