亀ヶ崎城
別名 東禅寺城
酒田城
種類 平城(水城とも)
築城年 文明10年
築城者 大宝寺氏
遺構 土塁・搦手門
所在地 酒田市亀ヶ崎
亀ヶ崎城は、もとを東禅寺城、酒田城ともいい、文明10年(1478)に大宝寺氏によって築かれた。慶長5年(1600)長谷堂合戦で上杉軍を破った最上義光は、翌慶長6年、庄内に大軍を送りこみ、部将、志村光安に命じてこの城を攻めさせた。戦後、義光は、光安に飽海3万石とこの城を与え、亀ヶ崎城と名を改めた。城の近くの浜に大亀が打ち上げられたのを瑞兆としたという。だが2代光惟は、最上氏の内紛に巻き込まれ非業の死を遂げる。その最上氏も改易となり、庄内には酒井氏が入封。一国一城令が出ていたが庄内は2城と認められ、酒田には奉行所が置かれた。以後、家老格の要職が城代を務め、酒田は港町として栄えるが明治維新後に急速に衰えた。