| 長谷堂城 |
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| 長谷堂城は、山形城の前衛基地であり、重要的役割を果たした支城であった。比高120Mの独立丘に築かれた。以前から城があったらしいが、文禄期前の資料が見つからないので、文禄3年(1594)志村光安の築城とした。会津に移った上杉氏に備え、本格的に改修されたのは慶長期頃と思われる。小城ながらも堀は深く、背後に山を控えた天然の要害であったという。慶長5年(1600)関ヶ原合戦で、畑谷城を抜いた上杉軍の部将直江兼続の攻撃を受けるが、城将城兵が奮戦。持久戦の末、直江軍を撤退させ勝利に大きく貢献した。しかし最上家改易後の元和9年(1623)廃城となった。 | ||||||||||||||