秋田城
別名 出羽柵
種類 平山城
築城年 天平5年
築城者  
遺構 土塁
所在地 秋田市寺内


秋田城外郭東門(復元)

秋田城は出羽柵とも呼ばれ、奈良、平安時代に中央政府が東北開拓の拠点や対蝦夷の一環として、城柵の北上を進め、天平5年(733)庄内にあった出羽柵を移したのが始まりである。天平宝字4年(760)頃、地名を秋田に改称した。元慶2年(878)重税に反発した民衆が蜂起し秋田城を占拠。元慶の乱が起こる。乱は6ヶ月以上にも及び、事態を重く見た政府が藤原保則を派遣してようやくこれを静めた。現在、秋田市市街地の北西端にある、高清水の丘と呼ばれる丘陵一帯が秋田城跡である。