火曜午後二時/ハンガー二階(2) |
前のページ |
「…パイロットに、なりたくなかったの?遠坂君は」 なにげなく、出てきた疑問を聞いてみる。 遠坂は少し目を開いて、また、自嘲するように細めた。 「…いえ…、なりたかったです。」 じゃぁ、なにが彼は不幸なのだろう。と思った。 …岩田君と一緒だからかなぁ。やっぱり仲、悪いのかなぁ。 「…でも、時々迷うんです。なにが、正しいのだろう、と…」 遠坂は、目を閉じて、自分の思考を追うように、続ける。 「正しい考えがあったとしても、 正しい行動ができるとは、限りませんね。 …難しい、ものです。」 遠坂は、何のことを言ってるのだろう。 正しいこと。それって、なんだろう。 戦って、皆と一緒に戦って、皆を守ること。 できることをすること。 それが正しいと、僕は思いたいのだけど。 ぼんやりと、速水は思った。 「フフフ」 ん 「フフフフフフ」 !!! 速水と遠坂がはっと顔を上げたのはほぼ同時だった。 機体の、頭部に、踊る影。 「フハハハハ!タイガァァァア!!なまっちょろいですよ!」 逆光に、クネクネと、踊る影。 「そんなことではァア、 マイパートナァァとして、失格!降格!ボッシュートです!!!」 手で光をさえぎるようにして、二人はその姿を追う。 「何が正しいかですと?行動と理念の間にあるのは電波のみ! それに真偽は、存在しないのです!!! それがわからないタイガァァ、貴方には、こうです!」 頭部の最頂点で、器用にもさまざまなポーズが組まれる。 表情は見えない、長くてクネクネした真っ黒な影が動くのみ。 異様な程の重圧感に、二人は一歩も動けなかった。 「ハァッッッッ!!」 影が、飛んだ。 ドガシャーーーーーー 落ちた。 その瞬間に二人の硬直が解ける。 はっ、と我に返った速水は、まず機体の頭部を見て、 ばっと振り返り、柵に体を乗り出して一階ハンガーを見降ろした。 ハンガー床に広がる血溜まり。 ふっ、と我に返った遠坂は、まず機体を見て、 そのまま視線をハンガー一階へと向けた。 即座に逸らして、ゆっくりと額に手を当て、よろよろと壁際になだれ込む。 テントの上部、かすかにほつれた部分から、 光がキラキラと、空中の埃を透かしだしている。 それはスポットライトのように岩田を包み、 ある種荘厳な雰囲気を漂わせていた。 速水と遠坂は、ちょっと後悔した。 速水は、少し小声になった。 遠坂は、無表情になった。 ■ ■ 岩田が散らかしたせいですっかり作業は遅れてしまった。 機器が壊れたとか、取り返しのつかないことにはならなかったのが、不幸中の幸いというか、さすが岩田というのか。 再び遠坂が作業を再開できたのは既に日も沈みかけていた。 ぶつくさ言う遠坂のそばで復活した岩田がクネクネしていると、 遠坂の精神衛生上よくないだろうという理由で岩田をテントからひっぱりだし、一緒に仕事。 無論、司令の。無論、それは建前。 隊長室の机に座って、速水は仕事をしながらも揺らぐ思考を追いやっていた。浮かぶ疑問は力ないもののふとした空白に忍び込んでくる。集中力が売りの彼にしては珍しく。 書類をぱらぱらとめくっている岩田を、速水はふっと見上げた。 「遠坂君って」 ん、と顔をあげる岩田。 「戦ってるとき、いや…戦闘が終わった後かな。 どういう感じなのかな、って。 ……やっぱりいいや。ごめん。変なこと聞いた」 岩田は顎に手を当てて、くるりと一回転した。 「普通ですね。」 「普通」 反芻するように繰り返す。 岩田は片眉を上げて笑った。 「フフフ、思ったよりは。」 と、何を思い出したのかそのまま笑い出し、フラフラしだしたので仕事にならないと判断した速水はとりあえずパンチした。 何が正しいのだろうか? 皆は何が正しいと信じるのだろうか。 そもそもこの戦いに正しさがあるとすれば、 それは生物としてのそれだけなのだろう。 壮絶に血をはいて倒れている岩田の隣で、 速水は窓から雲ひとつ無い星空を見上げた。 2002/3/16/BXB |
GPMに戻る//小説トップへ//TOPに戻る |