降下作戦(2) |
言いながらも機体は正確に動き、足元に絡みつくキメラを切り払う。 ミサイルで穿たれた身体が布きれのように両断された。 眼前に広がる黒い空に、赤い光。アサルトに構えなおし弾丸を放つ。 「遠坂、何故通信を切ったか知りたいですか?」 「なにを、こんなときにいってるんです」 「…必要なんですよ」 機体が、腰を沈める。 「今飛ぶと足はもう使えませんよ!?」 「承知の上です」 跳躍。スキュラの懐から切り上げる、寸分たがわぬ動き。 その殺す様が、時折美しいと感じてしまう。それを何より否定したいのに。 「…まさか、貴方が?」 瞬間、遠坂は己の中によぎった考えを口にする。 この男が、まさか何かを、恐れているのかと。 岩田は笑っているようだった。 「フフフ、僕は、柴村には、この姿は見せたくないんですよ。僕は、青ではない」 …遠坂。貴方が赤ではないのと同じように。」 なにをいっているのか、聞こうとするが、機体の急激な動きに体が振れる。 機体は体を捻りゴルゴーンを薙ぐ、刀身にぬめる血液に刃が滑るが、返したその刃で首を落とす。 背後から、数度の衝撃。 岩田が歯をかみ鳴らす。僅かな音だが気配がそう感じさせる。あせっている?一体何に。 「機体を捨てます」 遠坂は耳を疑った。何をいっているのだ、と。 「足が使えないこのままでは危険です。 もう相手もこちらが動けないのは気付いているはず。 あれが使者に向かったら元も子もない、おとりになります」 目の前の敵はもとより自分たちをターゲットにしているわけではない。山上には、和平の使者がいるはずなのだ。 「まだ我々の方が近い、機体をここに置いてあれを始末します」 つまりは生身を晒すことで、相手の気を引くことに他ならない。 岩田が機体を固定のため半自動にする。強制切断した意識は明瞭さを欠くが、それを振り絞って座席から体を引き剥がす。 遠坂は座席の下からマシンガンを取り出す。弾幕を張ることぐらいしか期待できそうにないが、武器はコレだけだ。 「キメラ二体、ミノタウロス一体、相手は殆ど無傷… 二人でいけばいけますかね…」 白兵戦は殆ど経験が無い。戦車兵仕様のウォードレスでどれだけやれるだろう、しかし、やらないということは、死ぬことだ。 「…いいえ、私一人で行きます」 「えっ、」 振り向いた瞬間、目の前の男の姿に、遠坂は息をのんだ。 乾いた温い風、士魂号の流した血の衣を切れ切れにまといながら、不気味なほどに黒いウォードレスの。 そうだ、さっきは気付かなかったが、一度陳情のため司令室を覗いたときに、あの資料を見かけたはずだ。 岩田がまとっていたものは武尊。 自分の標準型ウォードレスとは別物の最新型、完全白兵戦用ウォードレス。 岩田は遠坂に銃口を向けていた。 「逃げないと撃ちます」 「貴方はどうするんです!」 返答はつま先を掠めるように地面に打ち込まれた弾丸だった。 遠坂はきっと口を結ぶ。 緩やかに岩田は銃口を遠坂に向けた。 「岩田君」 岩田の背後で熱源を感じた。一瞬の後、十メートルも離れていない士魂号のすぐ隣、地面がはじける。 「っ!!」 まだ生きている機体に、今はまだ幻獣の気がむけられている。 僕がいるから、闘えないのか。 しゅうしゅうと熱に気化した士魂号の血が煙のように立ちこめる。 微動だにしない岩田の髪を風が煽った。 二、三歩後ずさりする。まだ目線は絡み合ったままだ。 熱線で燃えた木々の炎が逆光となって表情は…ああ、また、見えない。 …僕は。 遠坂は、そのまま踵を返して走り出した。 それが見えなくなるまで岩田はその背中をライフルでたどり、 そして、向き直った。 轟音とともに崩れ落ちる三番機。 それが物言わぬ瓦礫になったのを感じて、幻獣はその先に佇む小さな生体反応に目を向けた。体ごと。 「貴方の赤に、望みをかけねばならないとは」 そして私の、これは。 岩田が動く。 異様なほどに俊敏な動きで腰のリテルゴルロケットの安全装置をはずし、腰を落とす。 地面を斜めに蹴ったと同時にそれを噴かし、地面すれすれを、その獣の懐へ。 一撃。切り上げたままその硬い表皮を蹴って離脱する。浅い。 空中で姿勢を建て直して、距離をとる。地面に脚をつけた瞬間、 キメラ達の後方に構えるミノタウロスの腹部から、生体ミサイルと化した無数の生き物が切り離される。 降り立ったばかりの地面を蹴って次は回り込むように右へ。一瞬前に立っていた場所を強酸が焼く。 獣が腕を振り上げる、その隙を掻い潜って走りながらライフルを撃つ。鈍い音を発してキメラの首が一つ飛んだ。 遠坂。 わたしは、あなたを、殺した。 それはそれは深い夜だった。 繰り返される幾千の夜の中であれが一番の長い夜だった。 それはそれは長い戦いだった。 繰り返される幾万の戦いの中で、あれが一番の、死に溢れた戦いだった。 あの日。あの瓦礫。あの光景。今でもすぐに目にうかぶ。 あの声。あの臭い。あの痛み。目を閉じてもどこからか忍び寄ってくる。 わたしは貴方の死体を見てしばらくは呆然とし、 そしてわたしは、剣をとった。 あなたを殺したこの剣で、全てを守ると決めたのだ。 |
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