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記憶の深遠(5)


「なぜ、ここに」
抑揚のない声だった。
つぶやいたといったほうがいいかもしれない。息のように吐かれた。
速水君が、と言おうとして、口をつぐんだ。それではきっと、彼を責めるだろう。
「僕は、あなたのパートナーです」
だから、ここにきたのだ。


しばし見開かれていた細い目が、思い出したかのようにゆっくり瞬いて、
岩田は視線を合わせた。
「死にますよ、遠坂」
「死にません」
僕が死んだら、それはつまりあなたも死ぬということじゃないですか。


岩田は、今までみたことのない顔をした。

「死なないと」

そのまま口をつぐむ。

「…が、頑張ります」

遠坂は弱々しくガッツポーズをとってみせた。





岩田は逡巡していた。
おかしい。この言葉は、聞き覚えがない。
この顔は、見覚えがない。
これは遠坂なのだろうか?

「誓えますか」


いつしか脳裏には速水の顔が浮かんでいた。

わたしは青にかけて誓うといった。それに偽りはない。
わたしは私の選んだ運命のために戦う、そう決めたのだ。
死んでいくものたちを見ながら、
何度も死んでいくものたちを見ながら、
私はいつしか剣をとることを考え出した。
それは賢い選択だとは言い難い、そう思いながら、
私は死んでいくものたちの剣のふりかたを頭にたたき込んだ。

私は青になるしかなかった。
そうする意外に方法を考えつかなかったのだ。
死んでいくものたちを見ながら、
その鮮烈な青を見ながら、私はそれが悔しかった。

「誓います」

「なんにかけて?」

遠坂は狼狽えて、少しうつむいた。

「…僕の中の、赤にかけて」








遠坂は通された壁も床も真っ白な会議室のような場所で、一人考えを巡らせていた。
どうやら岩田は自分の提案を承諾してくれて、それで「準竜師に作戦変更を伝えてくるから待ってて下さい」と言ったのだろう、と思う。
それにしても、正直、夢中だったのでなにを喋ったのかあまり覚えていない。
とりあえず岩田が、かすかに笑ったのは見えたと思う。いつものような大げさな感情表現ではなくて、ものすごく些細な。

岩田はよくわからない。いつもは変だ。
でも今日や、この間のような、妙に冷静で冷たくて、鋭いような側面もある。
しかしどれも岩田なんだろうし、それほど嫌な感じもしない。幻獣にまで性善論を唱えかねない自分が言っても、あまり説得力はないけれど。

…本当はあまり考えたくないのだ。一人でいると考え込んでしまう。
こうして作戦に参加することになって、自分が生命の危機にさらされていることにようやっと気付く…のは遅いだろうか。

「はあ…」

身体の中のモヤモヤを全部はき出してしまいたくて、遠坂はため息をついた。
ため息がイメージ映像として空気に霧散したころ、遠くからカツカツと足音が近づいてくるのが聞こえた。

「フフフ、お待たせしました、遠坂」

遠坂は目をしばたたかせた。
岩田は既にウォードレス姿で、見たことのないなにかゴツそうなそれを着ている。
そして顔にはいつもより2割ほど気合いのはいったメイクが… 色がやけにハデだ…

「岩田君その顔」

「フフフ岩田家に伝わる戦いの化粧です。タイガァも」

「しません、ていうかそうか、さっき素顔だったんですね、
 道理で印象がちがうと」

本当は素顔なんて初めてみたはずだ。それなのにまったく気付かなかった、のは。
表情がもとより違っていた、のもあるだろうが、しかし…

「フフフ舞台裏を見せるのは僕のポリシーには反するのですがねぇ、
 まあというわけで早速タイガァも出撃準備にかかっちゃって下さい」

頷く。
色々と腑に落ちない点もいくらかあるが、とりあえず作戦の後でいいだろう。
今は、目の前にいるのがいつもの岩田であることに多少安堵する。
いつもの…
いつもの、か。






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