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記憶の深淵(4)


薄暗い部屋の中で岩田は目を閉じていた。

ベッドの上で、目を閉じて、それでも思考は明瞭だった。
これ以上の整備は大して効果がないと踏んで、作戦開始の深夜まで身体を休めておこう、その判断自体は冷静なものだったはずだ。
それに身体が素直に了承してくれればよかったのだが、そうもいかないようだ。

瞼の裏に映る戦場を見ていた。作戦の手はずは既に頭に入っている。実際何度か足を運んだ戦場であるし、敵の幻獣勢にもたいして新鮮みはない。いつも通りにやれば、生還率は低くはないはずだ。

いつもの通りならば、だが。

岩田は目を開けた。

ブラインドが揺れて光がちらちらと覗く。窓が開け放したままだったか、いや、記憶にない。
もとより記憶など、曖昧なのだ。

手を見る。すじばった手の甲にも長い指にも細いキズが見える。眠ってしまえばすぐに癒えるだろう傷。
痛みさえも鈍く、意識しなければ浮かんでこない。
深い深い淀みが、自身を包んでいるようだ。

そのなかで、ああ。
その存在だけが鮮烈だった。

深い嫌悪と、困惑が。
どうして私のこころを穿ったのか。

「わたしは、あなたを」

岩田はつぶやいて、やめた。





■          ■




「お願いします、準竜師」
「本人の希望だ」
「作戦には彼が必要です」
「説得なら本人にするんだな」
「分かりました、有り難うございます。今からそちらに向かいます」
「司令官」
「ありがとうございました」

「いいって」
ブツッと通信を切った速水がにこやかに振り向いた。はあ、と頷く。
「でも僕はすぐに戻らなくちゃいけないから、送ったらあとは頑張ってね」
…はあ、と頷く。


■          ■



アラームがなった。いつのまにか眠っていたようだ。
珍しく、夢は見なかった。
シャワーを浴びて、支度を調えると、パソコンをシャットダウンして、岩田は部屋を出た。


「岩田君、…ですよね?」

迎えの車を降りて、玄関ホールに入った直後に声がかかった。
岩田は全身が総毛立つのを感じた。





玄関ホールに放り出されて、速水は警備員らしい男達になにか言うと、
先ほどの言葉通りさっさと笑顔で去っていってしまった。
取り残される。ホールは静かで時折あわただしく早足で歩いていく足音が響いていくのみ。

ここでまってれば岩田君がくると思うから。

そう速水はいったが、だとしてどう言えばいいのだろう?
今更迷っているつもりはないけれど、それにしても…
ダメだ。考えても、仕方がない。

とにかく、思うように、言うしかない。

胸ポケットから勲章を取り出す。端がすこし、汚れている。さっき落とした時だろうか。こすると、メッキの欠片が落ちた。
少し笑えた。メッキの下は鉄か、銅か。無論あたりまえの事なんだろうし、こんなものの物品的な価値なんてない。
これを喜び、これを誇りに思えるものにとってだけ、価値があるのだ。

車の音がした。

顔を上げると、一人の男が玄関前に止められた黒塗りの車から出てくるのが目に入る。
顔は、岩田だ。



警備員の開けたドアをくぐり、絨毯を踏んだ足がとまった。
「遠坂」

心臓がぎこちなく鳴った。

>>5

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