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記憶の深遠(2)




何も考えるつもりはなかった。
後から後からと泉のようにこんこんとわきあがる思考を片端からかき消して。
岩田は手を動かした。目の前のモニターに映るリアルタイムに上下するグラフに完全に呼吸を合わせ、其の目はずっと奥を見つめていた。

「熱心ですね」

びくりと体をこわばらせる。

「?何ですか?」

振り返った先には遠坂がいた。手すりに体を持たせかけて、いつからか見ていたのか。
岩田は自分の息が微かに乱れていることに気づく。口を押さえ、表情を取り戻す。仮面を。
目を閉じ、開いて、岩田は向き直り笑みを浮かべた。

「フフフ、サボりですか?貴方も悪人が板についてきましたねぇ」

「朝から来てない人に言われたくありませんよ」
遠坂は呆れたように肩をすくめた。見ると昼は回っていた。
岩田は額を手の甲で拭う。汗はかいていなかったが、微かに熱かった。
手すりから体を離した遠坂は岩田の横まで来ると、モニターを覗き込む。

「…機体性能、数値が1400越しているじゃないですか。」

「ぁあ、本当ですね」

反復するように口にした言葉に遠坂は岩田を見た。訝しげな目。

「…なんだか、変ですね。
 いえいつも変ですけど、普通に変ですね…」

笑ってみせる。

「フフフ、その洞察力、素晴らしい!ですが秘密です、ひみつぅ。」

「…そうですか」

遠坂が微かに目を伏せる。

「フフフ、何か用ですか?」

岩田は何もなかったかのように聞いた。
遠坂は一瞬戸惑うように目を泳がせて、咳払いをした。

「ああ…これを、先生から頼まれて」

いいながら遠坂は胸ポケットから金色の勲章を取り出す。
「おやぁ、もうそんなになりますか、黄金剣突撃勲章。
 僕にはもったいない代物ですね」
岩田は大げさに驚いて見せながらそれを受け取った。
「…よく言いますね、
 僕が受け取ること自体おかしいくらいなのに、
 事実パイロットの貴方が」
遠坂がかすかに眉を顰める。岩田に対していらだっているわけではないのだろうが。
岩田は唇をゆがめて見せた。

「…辞退したかったのですが、岩田君もいないのにそれでは
 授与式で面子が立たないと言われて…
 僕には、これを受け取る資格なんて多分ありません、
 実際戦場でだって…」

遠坂は、戦場での躊躇いを思い出す。自分には確かに高い同超能力がある。
パイロットを補佐する専属オペレータという立場での複座方における役割は人並みにはあるだろう、しかし、それ以上に、それらすべてを踏まえたとしても致命的なモノがある気がした。

「本当に・・本当なら、単座のほうがいいんじゃ、ないんですか?」
遠坂は勢いにまかせるように切り出した。
「一人の方が貴方はうまくやれるんじゃ」

「フフフ、それは」

岩田はそこで一瞬言葉を止めた。

「そうかもしれませんねぇ」

遠坂が微かに目を開く。
何か言おうとして、口を噤み、俯いた。

「…そうですよね」

上げた顔は、笑っていた。


「仕事、他の部署を手伝ったほうがよさそうですね。…行きます」
岩田を見て、地面を見て、遠坂は手を伸ばし手すりを掴んだ。
足は重く、手すりを滑る指が酷く白かった。



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