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岐路
目の前の闇に灯火は無く、顧みる闇に道は無い。



彼はあからさまにうろたえた顔をした。
目を見開いて、泳がせて、伏せた。
そうして逃げ出そうとする前に、僕は呼び止めなければいけなかった。

「あてつけですか?」

我ながらいつに増して性格の悪い問いだと思ったものだ。
笑いを浮かべようとした、そのほうがまだマシだっただろうが、何故かできなかった。
いいながら僕は自分自身が思いがけずそこで冷静さを欠いていることに気づいて、幻滅した。
もちろんそんなことを目の前の相手は知る由もなく、彼はただ狼狽していた。
それ以上僕が何も言わないのを見て、泣きそうに眉を顰めた。

「何の事、ですか」

僕は今度こそ笑った。
いつものように笑えたはずだ。
相手は、いつものようには返さなかったが。

否、「いつも」はもう過去の事だった。
もうそれには、自分自身で引導を渡した筈だ。
あまりにもそれがいらだたしくて、そうしたのだから。

彼はどんなふざけた問いに対しても至極真面目に返答せねばならないわけだ。
僕が言う事としては「いつも」と大した変わりはないのに、彼はそれを別な意味で捉えて判断することになる、そう仕向けたのは自分。
僕は笑った。「いつも」のように。

「あなたが現実を見ていないと僕が言ったので、見に行くのかと。
 それとも、死ぬつもりかと、フフフ」

遠坂は唇を噛んだ。そうして、なにか言おうとして口を開いて、つぐんだ。
それが滑稽に見えた。
笑おうとしてではなく笑えた。本当に、単純な男だ。
彼は僕を見た。「いつもの」理想に夢見る目ではなく、僕を見ていた。

悔しいのかと思って、聞こうとした。
しかしそうではないだろうと思ってやめる。
悲しいのかと思って、聞こうとした。
しかしその根拠がないのに気づいてやめる。

見ればようやっと彼はその口から息を吐いた。

「岩田君の、言うとおりです。
 僕はきっと何も知らなかった、だから、戦場にいかねばならない」

「死にますよ、遠坂」

遠坂の言葉にかぶさるように自分が言葉を発したのに、気づいた。
無意識に否定した、でも、彼は死ぬ。それはそう思うのだ、この男は、この甘い男は、必ず死ぬだろう。

「そうなるかも、知れません、でも、そのほうがましです」

遠坂は。静かで、それでも強く言った。

「貴方は愚かだと思うかもしれません、
 でもこれしか、考え付かなかった」

「…パイロットに」

なることで何がわかるというのか、と、僕は脳裏を流れ落ちる言葉をすべて飲み込んだ。
愚かな男。今度は現実を見て理想を語ろうというのか、きっと絶望するだろうに。

「…心配してくれているのでしょうか」

苦々しく自分を見つめる相手に対してよりにもよって遠坂はそう言った。
僕は息を吸って、笑ってみせた。愚かな彼に。

「貴方は死にますよ、遠坂。貴方は死ぬ。
 絶望して、憔悴しきって、死ぬんです。
 それでも貴方は戦場に行くのでしょう、そういう所が」

私は、嫌いなのだ。

言葉にせずに遠坂を見た。
彼は寂しそうに笑った。
どうしてそこで笑えるのかと、思って、そして、気づいた。
自分も笑っていたのだ。 



2002/6/5/BXB


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