記憶の深遠(1) |
風が吹き寄せていた。 並木はざわざわと音を立て、雲はその空を埋め尽くしていた。 四月二日。 岩田はモニターに映る時刻表示に目を細めた。 それは戦いを告げる音。 ものがたりのはじまりを歌う、彼は、つぶやく。 玄関前に速水が立っていた。 岩田は一瞥し、そのまま通り過ぎようとする。 すれ違う瞬間に小声で速水は囁く。 「単独降下」 岩田は足を止めた。 「聞いていましたか、司令」 「どうして「ひとり」で?」 「一人の方が都合がいい」 「聞いたら怒るだろうね、遠坂君は」 「貴方が言わない限り彼が知ることはありませんよ」 「そうだね、君が死なない限り」 振り返る。速水は強い眼差しを向けてこちらを見ていた。 唇に浮かぶ笑み。どうしてそれを、笑みだと感じるのか。 「死なないと約束できる?」 「ええ」 「僕にじゃないよ」 「…」 「君は、HEROになれる? …大事なもののために」 「…」 「君は帰ってくることができる? 君を待つ人のために」 「あれは…、速水、私を待ってなどいません」 「本気で言っているのかい? もしそうだとしたら、僕は君の思惑を裏切らないといけなくなる」 「言わないでください」 岩田が速水を見つめた。懇願しているようにも聞こえた。 速水は、一度開いた唇をそのままつぐんだ。 そして、一瞬の静寂の後、再び開いた。 「…なら、約束して。」 岩田は首をかしげた。普通なら滑稽にも見えたはずだが、 どこか無機質な動作だった。 そうしてから、諦めた様に岩田は息をついた。 「わかりました、約束します、生きて戻ると」 「何にかけて?」 間髪いれずに速水は言った。 「…ずいぶんと、形式張りますね」 「答えて」 岩田はしばらく考えて、目を閉じた。 「…青の中の青に掛けて。誓います、必ず戻ると」 そういって、それだけ言って、岩田は踵を返して歩き出す。 速水はそれを見送って、 そして見えなくなってから、微かに眉を潜めた。 「嘘つきだね、君は」 一陣の風がごうと彼を弄った。 |
>>2 |
GPMに戻る//小説トップへ//TOPに戻る |