記憶の欠片(2) |
「…岩田君」 なぜ自分は、言えば言うほど話がおかしくなるのに、こうしてその名を呼ぶのだろう。 「なんでしょう?」 「………」 どんな答えを自分は、この男に求めているのだろう。 呼んだものの二の句が告げないで、遠坂は押し黙る。 聞きたいことはいくつもあったのかもしれない、それでもそれぞれひとつひとつはどうでもいいような気もした。 「よくわかりません…なんだか混乱しているようです、 …痛恨です」 「フフフ、しばらくは逃げませんので落ち着いてどうぞ」 夕暮れが差し迫ってきている。 グランドの片端で。真っ赤な風が吹いている。 …赤の気配。 幻獣の色、同調能力者である自分だけが、 それが人の中にもあることをしっている。 そして、自分の中にも、きっと。 だからこそ…だからなのか、自分は、幻獣をただの敵として認識できない。 遠坂は、考えを振り切るように、顔を上げた。 「貴方は、どうして…幻獣を殺すのですか?」 遠坂はそれを口にした。 岩田は、かすかに首をかしげた。 「そこに居るからです」 表情のない声。 「…共に生きることは、できないと、考えますか?」 遠坂は、まるで懇願するように、問う。 岩田は表情を変えない。 「できません」 他のだれがそうしようと、自分はそうしない、そういっているように見えた、実際、そうなのだと思った。 人間も幻獣も、関係ない場所に、まるでいるかのようで。 「…どうして」 それでも、食い下がることしかできなかった。 「この戦いが、他の何でもない、 生き残るための戦いだから、ですよ」 岩田は部外者のように冷静な口調で続けると、それ以上は言わなかった。 遠坂は、軽い絶望に襲われていた。それに、気づいた。 その瞬間、なぜか笑いがこみ上げる。 「…僕は、どこかで、貴方がわかってくれるのではないかと」 馬鹿なことを考えた。絶対に相容れないとわかっていたのに、 どうしてこんなことを聞いたのだろう? 僕が彼のようになりたかったから? それとも彼に僕のようになってほしかったから? 「遠坂」 岩田が遠坂と、呼んだ。その事実に遠坂はひどく、はっとした。 見たその表情はひどく冷徹だった。 「貴方は躊躇するのですか?あの瞬間に」 言葉に、さざめいた。風が空気が、自分が。 ざぁあと風が吹く。赤い風。あかいひかり。 遠坂はその自分を見る目を見返して、 そしていくばくかの自嘲をこめて、言う。 「…多分、躊躇、するのでしょうね」 遠坂は目を伏せた。そのせいで、岩田の表情は見えなかった。 「…そして死ぬんですか?」 「え?」 それに気づいた。怒りの色。いや、怒りよりももっとそれは薄暗い。 「貴方はそうやって、死ぬのですか?」 顔を上げて見た岩田の顔は、その光が濃い影を映していた、あのときのように、あのときの。 赤い風、赤い光、あのときと同じ色。 「僕は」 なにか、いわなければ、そう思って、遠坂は声を出した。喉が枯れそうなほど渇いていることに気づいた。 「…どちらにしろ、同じですが」 岩田はふっと無表情になった。遠坂は、喉の奥で絡まっていた言葉を、飲み込む。 「貴方が…なにを考えようと、関係ないんです、ええ、なにも。 僕は僕ですから、僕は。そう、私は、」 なにかを描くように岩田は手を空中に動かす。楽団の居ない指揮者のように、岩田は空を見て、そして、遠坂を見る。 「絶対に、それを、許さない」 恭しく、まるで誓うように岩田はその手を胸に当てた。乾いた笑いで、言葉を流した。 「何の、ことですか」 「フフフ、秘密です」 岩田は遠坂を一瞥して、くるりとターンすると、背を向けて、歩き出した。 「電波の指令で僕は独自行動を始めねばなりません、 フフフ、それでは」 その後姿はよどみなく町の光に、その根元の闇に、溶けていく。 遠坂は一瞬手を伸ばすように腕を上げたが、すぐにそれは力を失った。 そして、少しずつ赤い空は白く薄まり、青く青く、藍色のセロハンを重ねるように、色を変えていった。
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