記憶の欠片 |
「射程内に12体の幻獣を確認、ロックオン完了」 「フフフ、ミサイル発射します」 断続的な衝撃、一瞬の間。 「右後方ナーガ外れました。右前方二体ミノタウロス、生存」 座席ががくん、と下降し、つぎの瞬間に強く地を蹴る気配。 続いて衝撃。 金属のこすれる音、抜かれた太刀が閃き、ようやくこちらに向きをかえた巨大な肉をずるりと抉る。 「敵側増軍しました!」 響く音。しかし感じたのは笑いの気配。 「笑っていますね」 遠坂は呟いた。足下の座席に座るパートナーに、届くよう言ったつもりは無かったが聞こえていたようで、 表情の無い声に返ってくるのは、一瞬前よりも強い笑いの色。 「フフフ、貴方は不愉快でしょう?」 そういいながらその男は本当に愉快そうに、笑った。 …ように感じた。 実際には笑う余裕なんてあるはずもないほどの、機敏な動き。 遠坂は横に加わるGに脚に力をいれて踏みとどまる。後方に赤の気配。口に出す。 脚が地面に触れた瞬間、そのまま体をひねり士魂号は後方に現れたキメラを切り崩した。 「フフフ、それで、いいですよ。僕はそれでも! いいえ、それでいい!」 前方に飛ぶ。射角をはずしきれなかったナーガのレーザーが掠める。性能低下なし。 背後に遠ざかったそれを後方から接近していた二番機がライフルで撃破した。 「敵軍は撤退を開始した」 遠坂はそれに微かな安堵の息を漏らす、しかし乗る機体は予想外の動きをした。 「…!」 その瞬間、自分が冷静になってしまったことに後悔した。 撤退する幻獣の群れに打ち込まれる弾丸。無防備の背中に無数の風穴が開き、内部で爆発した弾丸に四散する肉、液体。 地面に落ちたそれが気化して霧散する。 吐き気がした。 |
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「貴方は容赦ないですね…」 ウォードレスを脱ぎ捨てた人間の第一声はそれだった。 戦闘も終わり、戦場が比較的近場であったことから即時解散となった小隊の面々はそれぞれに、 あるものはこの戦争への悪態を小声でつきながら、またあるものは自分の武勇をやや興奮しながらまくし立て、 そうしながら彼らは、彼らが本来あるべき明るさを取り戻していた。 取り戻そうとしているようにも、見えた。 そして二人は、その中でかすかに浮いていた。 いつもの改造白衣姿に戻った岩田は、次々と市街にでも出るのか足早に通り過ぎていくクラスメイトを眺めていたが、 遠坂のあからさまにとげのあるセリフに、ゆっくりと顔を向ける。 「フフフ、貴方なら容赦するんですか?」 遠坂は続けようとしていたセリフを飲み込む。 普通の相手ならそこでなにかしら弁解しようとする流れなのだが、岩田は逆に問いかける。 いちいち突っかかる、そう感じた。 「…僕は」 「フフフ、そこトレーラー通りますよ」 言われて遠坂があわてて避ける。真っ黒な排気ガスを撒き散らしながらそれが四台並んで走っていく。 学校に戻る整備士の何人かがそれに同乗しているのが見えた。 遠坂は、横目でそれを見上げる。 幻獣は返り血すら霧散する、とすればこびりついているのは士魂号そのものの血だ。 血を流しながらあれは戦うのだ。 そしてあの、悲痛な叫びを上げながら。 「フフフ、タイガァは何で帰るんです? 歩くと一時間以上はかかりますよ。走ると三十分ですが〜。 フフフ。ランニンランニン〜」 いいながら、岩田は立ち上がった。一瞬遠坂は自分の身が固くなるのを感じた。 そんな自分に一番自分自身が困惑したが、それより、岩田がそれに、気づいた気がする。 「ぼ…、私は、車、呼びますから。心配ありません。」 何に慌てたのか、どもりながら遠坂は言う。 岩田は遠坂を見、そして、そうですか、とだけ言った。 遠坂はしばらく考え、できるだけ無難な話題を探す。 「貴方こそ、一緒にのって帰らないんですか」 「フフフ、電波の指令を待っているのです。 ここは障害物が少ないですからねぇ〜」 はぁ、と適当な返事をして岩田を見るが、その顔からは何を考えているのかは、いつもどおり読み取れない。 同調能力の高い自分でさえ、その光を湛えることすらない瞳が何を見ているのかもわからない。 同じ機体に乗っていながら、何を考えて戦っているのかさえも。 気づけば回りには殆ど人影はなくなっていた。 駐屯地の目印みたいなものだったトレーラーも整備テントもなくなり、グランドのようなそこにいるのは二人だけだ。 …何を考えているのだろう。自分は。 遠坂は少なからず岩田に対して自分が疑念を持ち始めていることに気づいた。 表面の道化めいた物腰の中に存在する凄烈な感情。 残虐なまでの理性。 遠坂は、無意識に自分の袖を掴んだ。 |
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