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水曜午後四時物資倉庫


遠坂は悩んでいた。

授業中に窓の外を凝視し、青筋を額に浮かべながらマシンガンで肩をたたく本田にすら気づかず、
昼休みのチャイムが鳴りクラスメイトのお昼にしよう提案を右から左に聞き流し、全員が外に出払ってぽつねんと取り残され、いつのまにか午後の授業が始まり、午前から半分以上面子が減ったその授業をまた窓の外を流れる雲と一緒にところてんのように押し出したあげく、放課後のHRが終了して夕暮れの空をカアカアと烏が飛んでいくのを見て、

ガタガタン!

立ち上がった。

今まさに教室を出ようとしていた田辺が物音に驚いて振り返る、

「こんなことではダメだ!!」

遠坂が机に手をついてうなだれながら、叫んだ。

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい!」

ダメだ、と目の前で言われてとっさに田辺はあやまりたおす。深く下げた後頭部にやかんが落ちる。
その勢いでべちんと倒れる田辺に、ようやく遠坂は気づく。

「あ、す、すみません…独り言です」

慌てて田辺を助けおこし、はぁ、とわけがわからないでいる彼女を残して、遠坂は教室から出て行った。



遠坂は悩んでいた。
あれからずっと、正確には一昼夜悩んでいた。
ずんずんと擬音が聞こえそうな勢いで足を進める遠坂に道行く人々はさっと道をあける。
そのすべてが目に入っていない様子で彼はハンガーへと向かった。



階段を上ると、その揺れる姿が目に入る。
「岩田君」
今日一日授業に出ずに調整を行っていたらしいその男は、呼ばれて優雅にターンした。
「…話があります」
「フフフ、なんでしょう?」

いつもと変わらない岩田の表情。
昨日みたあのカオは、幻だったのかとさえ思える。
思いをめぐらせ、ついでに感触まで思い出しそうになって、遠坂はぶんぶんと頭を振った。
「場所を、変えましょう」
ようやく搾り出したような声で提案する。岩田は微かに肩をすくめた。、
「フフフ、ではテレポートでいきましょうか」



言うなり岩田は遠坂の腕を取った。その瞬間周囲の風景がぐにゃりとゆがむ。
頭の中身がひっくり返されるような感覚は強い乗り物酔いに似ていた。

「フフフ、初体験でしたか?」



遥か頭上から降ってくる声。
地面が硬くなったのを感じて、遠坂は自分がへたりこんでいることに気づく。
「へんな言い方しないで下さい!」
へんな、というほど変でもなかったろうか、と言ってから思い、遠坂は口を押さえる。
…だめだ、なにかおかしい。変に意識していることを自分でもわかっている。
くらくらする意識をなんとか沈めて、立ち上がる。

その時点でやっと回りを見渡す余裕を手にいれ、ここが倉庫であることに気づいた。
つい最近盗難騒ぎがあって、表から厳重に南京錠が掛けられているはずだ。
微かにぞくりと悪寒がする。

「それで話とはなんでしょぅう、タイガァア」
岩田は壁端に積んであるダンボールの箱に腰掛けて足を組んだ。

「ここなら人も来ませんからねぇ、
 どうぞ思いのたけをぶちまけてくださってオッケイですよ?ククク」

気のせいか。岩田の目が怖い。
考えると、自分はとてつもなく無防備なことをしているのではないだろうか…?

「今更気づいてもとき既に遅しですよタイガァ」

思考を読まれた。

二、三歩後ずさりしながら、それでも岩田がいつ行動に出てもいいように目は離さない。

「は、話、はですね」

なんとか話を逸らそうとするが、これからしようとする話も流れによっては今以上の危惧を呼び寄せかねない。遠坂は軽い絶望感に襲われる。
それでも沈黙には耐えられそうになく、なんとか言葉を紡ぐ。

「す、少しは考えて下さい!昨日の事です!」

なんとかそこまで一気に言って、遠坂は息をついた。

「フフフ、昨日のことといいますと…なんでしょう〜」

岩田はさも楽しそうに口ずさむ。
まさに口ずさむ、といった言い方が似合う口調だ。
言葉にかぁっと頭が熱くなるが、それが怒りのためのものなのかそれとも羞恥心のせいなのかはよくわからない。

「で、ですから、昨日の事です」


もはや自分が何を言っているのかよくわからない。
むしろ、なぜこんな状態になってしまったのだろう。
自分はただ、昨日のわけがわからない状態の岩田が、いつも異常な岩田がことさらにおかしい事をした理由を。
しかし岩田のいつもの言動から言って、はぐらかされることくらいわかっていたのではないのか?
いやそれでもやはり聞かないと気がすまなかった、きっと。
妙に自分の鼓動が大きく聞こえる。


岩田は何事か考えをめぐらせるように顎に手をやって、足を大げさに組み替え、それからぽんと手を打った。

「ははぁ、アレですね!」

やけに大声だ。

と、岩田が突然立ち上がる。
無論遠坂はびくりと体を強張らせた。

「フフフ、昨日徹夜で新作のダンスを編み出したことをなぜ知っているのですか?そこまで言うならばとくとくと…」

「違う!!!」

岩田が開いたコンパスのように片足を高く上げて回転しだすのを遠坂は制止した。
いい加減ここまでくるとはぐらかされているのか、それともからかわれているのかよくわからない。実際は両方のような気もする。
だんだん恐怖より、羞恥より、怒りが先立ってきた。

「なんであんなことをしたんですか!」

「フフフ、あんなこと」

拉致があかない、と思った遠坂は心を決める。
こんな単語をこんな相手に言う日がくるとは、思わなかった。

「キス…したじゃないですか。」

今自分はどんな顔をしているのだろう。
できれば自分でも情けないこの混乱して切迫しきった思考が、
あまり外に出ていなければいいのだが。


「しましたっけ?」

こっちはかなりの覚悟で言ったというのに、事もあろうに岩田はまだとぼける。

「したじゃないですか!」

もう半ば自棄になって遠坂は叫んだ。

「フフフ、それならば僕は責任をとらないと!いけませんねぇ」

岩田は突然ぐるりと半回転しながら一歩踏み出し、その手を胸に当てた。
遠坂はいきなりの展開に、うっ、と言いよどむ。
まさかそういう方向にくるとは思わなかった。

「いや、そうじゃなくて、なんであんなことをしたのかと、僕は」

「フハハハハ!きっと神々も祝福するでしょぅう、
 赤と青がつながれるのですからぁ〜
 即ちそれは世界の道理すら無視し、
 己が歯車をも組み替えるが如しぃ、ああ、素晴らしい!」

わけがわからないことをいいながら陶酔した表情で両腕を高く天に差し出した岩田は、ぽっとほほを染める。

「赤くなるなぁぁあああ!!!」

今まで我慢してきた分が上乗せされたハイキックが岩田の上半身をダルマ落としのように吹っ飛ばした。
無論本物のダルマ落としではないから、下半身もちゃんとくっついていったが。
積まれた机に横殴りに落下した岩田は壮絶に血をはいてがくりとうなだれる。
いつの間にか荒いでいた呼吸を落ち着けようと遠坂は息をついた。


その瞬間、ふと感じた違和感。

遠坂はふっとこめかみを押さえた。

「…?」

自分はなにか忘れているのではないだろうか?


その先を考えようとした。
水の中でもがくように緩やかにしか進まない思考を、けたたましく鳴り響くサイレンが切り裂く。
耳の中に直接聞こえるこの音は。

「フフフ、出撃のようですね」

それにすばやく反応した岩田が、机に絡まった体制から起き上がりこぼしのように立ち上がる。
薄く笑い掲げた左手の結晶を眺めるように情報を確認して、こちらを見た。

そういえばこの男は、いつからコールの時に笑うようになった?



「行きましょうか」

思考に飲み込まれそうになった遠坂に、岩田は手を差し出した。
あんまりそれが自然な動作で、かえって一瞬躊躇する。
しかしテレポートで入ってきた以上、それしか方法はない。
遠坂は渋々それに手を重ねた。


「201v1、201v1
 全兵員は現時点をもって作業を放棄、
 可能な限り速やかに教室に集合せよ。
 全兵員は現時点をもって作業を放棄、
 可能な限り速やかに教室に集合せよ。
 繰り返す。
 201v1、201v1、全兵員は教室に集合せよ。」



2002/4/16/BXB


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