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滑落


貴方が笑う度に。
貴方が私をみる度に。
貴方が空を仰ぐたびに。

苛立つんです。



仮面の笑顔に騙されて。
表面の疑心に惑わされて。
取るべき物を取らずに、貴方は正しいということを履き違えて、
存在しない理想に駆られている。
それがあまりに滑稽で。
僕はいつでも失笑していた。
どう勘違いしたのか、貴方は。



「今度、幻獣派の集会があるんですよ」


疑いを知らない笑顔。
誰も信用していないくせに。
自分すら。
貴方は僕を見ていない。
僕という幻影を見ているのだろう。

夢見るような目つき。
胸をえぐるような嫌悪と、
目の前の儚いものを握りつぶしたい欲望にいつも苛まれ。
僕はまた唇の端に笑みを浮かべる。


「そこで自作の詩を発表することになったんです」


言う相手を間違えていますよ、貴方は。
ここには貴方の求める夢はない。
いいえ貴方が見ているものは夢ですらない。
何も生まない夢など。
絶望にすら等しいのだ。


僕はまた微かに唇をゆがめる。





苛立つんです。

貴方のすべてに。

貴方の弱さに。

貴方の悲しさに。

貴方の愚かさに。



それを思う自分自身に。





「よければ…岩田君もどうですか?」

言葉にカオを上げた。
自分を見る純粋な目。
純粋すぎる目。

「僕に?幻獣派の集会へ?」

自分たちの他には誰も居ない屋上とはいえ、そうゆっくりとかみ締めるように口にしながら、遠坂に近づく。
声は僅かに低い、しかし周りをいぶかしんでいるというよりは。

「よければ、ですけど」

ためらいながら遠坂は言った。

「…フフフ、ハハハハハ!」

岩田はこみ上げる笑いを抑えなかった。
突然のことに目を丸くする遠坂にくるりと背を向けて、
そして、笑う。

「僕に幻獣派になれとおっしゃるのですか、遠坂。
 フフフ、貴方にしてはいい冗談だ。」

上体を僅かにそらしながら振り返った岩田の表情にはいつもの希薄さがなかった。

まったくこの男はどこまで愚かなのか。
あんまり馬鹿で、愉快でたまらない。
不愉快なほど。胸が痛むほど。

「そんなつもりでは…」

本当にそう思っているのだろう、うろたえるように目を伏せる。
この男は知ってほしかっただけだ。
そして、自分と同じになってほしかっただけ。
安直な考え。とりとめのない行きずりの思考。
すべてが矛盾している。プライドが高く自虐的で、
ひどく猜疑心が強いのに依存心が高い。
まるで幼子のようだ。
わがままに泣き叫ぶことさえ、できないのに。

岩田は心底愉快そうに、眉をしかめた。

「すべてが平等!誰も逸脱しない社会。
 誰もが手をとりあう安穏。誰もが生きて死ぬだけの世界!」

大げさに身振りして、向き直る。

「そんなものが!貴方には理想の世界だというのですか?」

「…そんなものが」

あからさまに遠坂を煽るように、岩田は目を細めて、うやうやしく聞いた。
遠坂の表情に怒りがにじむ。挑発されていることに気づかずに彼は、つかみかかった。

「貴方だけは!」

「貴方だけは、わかってくれていると思っていた!」

岩田はもう笑っては居なかった。
両肩を掴み顔をゆがめて自分を見る遠坂に、その激しさとは両極に冷たい眼差しを向ける。

「泣いているんですか」

「何を…」

「フフフ、僕は貴方が嫌いだ」

泣きそうな顔をしていると思った。
いや、泣けないのだ、この男は。
…どちらが?

「僕は…貴方は、友人だと思っていた」

泣きそうな顔をしていると思った。
いや、いつも泣いているように見えた。
…どちらが?

「僕はそう思った事はありませんよ」

「…だましていたんですか?」

「いいえ、一度だって。」

笑っていた。
岩田は遠坂の頬を緩やかに指の背で撫でた。
微かに水分がまとわりつく。
泣いていた。

「フフフ」

岩田は困ったような、それとも笑っているような顔をした。

「僕は貴方が、嫌いでしたから、ずっと」

「だから、傍に居た」


困惑したカオをするその男の前で僕は笑った。
泣きそうな貴方の前で僕は笑った。

胸が軋むほどに。






2002/4/12/BXB



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