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記憶の痕跡(2)


■       ■



空は抜けるような青空で、風は静かにそよぐのみ。
午後の授業を終えた彼、遠坂圭吾は、仕事の為にハンガーに向かうところだった。
階段をゆっくりと降りた遠坂は空と、プレハブ屋上を交互に見上げる。

「絶好の布団干し日和だ…しかし、仕事だ」

物干し竿にはためく布団のことを考えると居ても立っても居られなくなるが、ハンガーで自分を待つ仕事を思うと、無駄な…無駄だとも思わないが、しかし戦闘に直接かかわるわけではない…いや、自分としてはちょっとはかかわるのだが…ともかく、布団なんか干している場合では…ないのだ。

体の向きを変えて足を踏み出し、それでも名残惜しそうに屋上を見上げた。ぷるぷると頭を振る。

「どうも若干、平和ボケしている節があるな」

戦況は人類優勢のまま、三月も後半に入っている。
今の所幻獣側に目立った動きが出ていないこともあって、このところ戦闘も少ない。
彼は少し安心していた。戦っているその時は今生き延びることしか考えないようにしている、しかし、共生派である自分が心から敵視しているわけではない…むしろ友好的でありたいと願うその相手を殺さずにすむのならば、それに越したことは無い。

一週間、そう、一週間だ。その間まったく戦闘がない。
不思議なほどに安らかな時間。今までが慌しかったせいか、とてつもなく長く感じる。
こうしているとただの学生に戻ったようだとさえ思う。

…しかし、それで何かがいい方向に向かっているのかといえば、
そうではない事くらい、わかっていた。
この安息がいつ破られるのか、何によって破られるのか。それはわからない。
わからないことを、わかっているつもりだった。

「フフフタイガァ、
 その勢いだと二秒後に電柱にあたると予測されます!」

安息を破ったのは岩田だった。

遠坂の足が止まる。声のした方向に振り向くべきかどうか、一瞬躊躇するさまがありありと見て取れた。

「フフフそれとも!それは!
 もしかしてもしかすると!新作っギャグですか!?
 物憂げに歩きかつそのまま電柱にヘッドバッド。
 タイガァァも歩けば電柱に当たるというわけですね!?」

陽光に伸びた影が蠢き、振り返らずとも、背後でその声の主がどんな動きをしているのかがよくわかる。それがますます頭痛を募らせた。遠坂は背後でスバラシィィと揺らぐ陰に振り向きざまに回し蹴りを見舞った。

顔面に踵がクリーンヒットし、青空にキラキラと岩田が舞う。遠坂はすたり、と地面に降り立ち、岩田はズサァァ、と砂煙を上げて三メートル滑った。遠くで新井木が歓声を上げてパチパチと拍手をした。

「フフフ…やりますね、やりますね…たいグハア」

まだ言うか、と止めをさす。動かなくなったのを見届けて、遠坂は改めてハンガーに向かった。
確かにすぐ目の前に電柱はあった。が、だからといってどうというわけでもないと思った。



ハンガーのテントに入ると、岩田が居た。ずるっとこける遠坂。
クネクネしつつ岩田はすっと腕を水平にまで上げて遠坂を大きく指し示し、満足そうにうなずく。
「フフフそれはなかなかエレガントな体勢ですね。
 見直しましたよタイガァ」
「…なんで、いるんですか。」
「それはぁあ!私が!イワタマンだからです!
 フフフ僕は謎!ミステリアスボーイ」
地面すれすれに浮いているがごとく、優雅な足取りでターンしては飛び回る岩田。
もはや脱力してきたので、これ以上気力と体力を失わないうちにと遠坂は二階へ上る階段へ向かった。

二階には速水と瀬戸口が居た。カンカン、と階段を上ると、二人と目が合う。
(お、おのれー)
同調能力の高さが災いした。二人の全身から発せられるそのおのれーオーラに、
遠坂は向きを変える間もなく、上ってきた姿勢のまま、後退した。



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