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日曜朝九時/一階ハンガー


その日は日曜で、膠着状態の戦況とは裏腹に空は白いほどに明るく、まばらな人影はことさらに緩やかだった。

彼…遠坂圭吾もまた、その流れの中の片鱗を形成していた。

平日ならば模範学生のように、
授業開始の三十分も前には教室に待機しているだろう彼も、
先日の戦いで大破した機体に連日の徹夜を強いられていた疲れだろうか。
珍しく遅い登校だった。

まだ、少し、眠い。
昨日も朝の四時まで修理をしていた。
規則正しい生活に慣れきった体は、ここにきてからのハードスケジュールにそれなりの適応を試みてはいるものの、さすがにそれは完全ではない。
あくびをかみ殺すと、まっすぐにハンガーに向かう。


テントの布をくぐった瞬間、異様なモノがクネクネしているのを見つける。
無論、それが何かなどと考える必要はない。この小隊で、異様なモノといったらたったひとつだ。

観客の一人もいないというのに…そう、めずらしくハンガー一階には誰もいなかった。
岩田は独特のリズムを刻むステップと揺れ具合で、士魂号と接続機器の間をくるくると動いている。

「フフフ、おやぁぁ、タイガーじゃありませんか。
 遅刻とは珍しいィ。実にアレですね、アレ。」

一度大きくターンした瞬間にこちらの姿を見つけたのか、微妙な角度に腰をそらせたまま、こちらに指を突きつける。

「…貴方こそ、こんな時間から居るのは珍しいですね。
 極楽トンボさん。」

と、なぜか胸元に誇らしげに縫い付けてある勲章を一瞥して無表情に言い捨てると、岩田は「フフフこいつぁ手厳しいぃ!」と長い手足を振り回しながらその場に倒れた。
吐いている血が白い。悪趣味な。


それには目もくれず、機器の目盛りにはじき出される数値に目をやる。
昨日見切り発車的になんとかテストで故障率0%にこぎつけたが、
いくつかのパラメータは精度低下が激しいはずだ。と、そこまで考えて、目の前に表示される数字に息を呑む。
…振り返る。いまだに岩田はコンクリートの床でぴくぴくしている。
そろそろ立ち上がるタイミングだが、いや、そんなことはどうでもいい。

「…これは、貴方が?」

しばらく躊躇したあとに声をかける、
そのとたん岩田はダン!と片足を床にたたきつけるように踏み込むとその勢いで上半身をひねりながら立ち上がり、
「其の通り!!」
叫びつつ、少年格闘漫画の「鶴のポーズ」のような…それ以外に形容しようがない体勢をとった。
つい、びくりと体が強張る。

「フハハハハ!驚きですか?僕の仕事はスバラシィィイ!
 素晴らしいいいィ!!」
そのまま自分自身を抱きしめるように腕を回すときゅるっと爪先立ちになり、恍惚の表情を浮かべる。

遠坂は自分に言い聞かせた。
落ち着け。これは岩田だ。だからなにがあってもおかしくない。うん、おかしくなんてない。
そしてこいつにこのままつきあっていたら、僕は自分の仕事ができない。だから、忘れよう。
いったいどうやったらこんな数値をこの時間で出せるのかという疑問はある。しかし、考えるだけ無駄だ、きっと。

遠坂は気を取り直してなおもいくつかポーズをとっている岩田に背を向けた。

前回に大体の見当をつけた数値にあわせ、ダイヤルを開放していく。出血もない。故障箇所の自主復旧も日をおいて完全となったようだ。


一番機が戦場から帰還してきたときは、それは酷いものだった。
一目見てもはや廃棄処分ものだと誰の目にも明らかだったのだが、そんなときに限って予備機は一騎も無く、追加の士魂号を輸送するのは時間がかかるということで、作業は急ピッチで進められた。
連日の徹夜。まだ整備の腕も心もとない自分は質より量とばかりに機体につきっきりだった。
その横に実はあの白くてクネクネしたのも…いた。
あの極楽トンボがそのせいだということも本当は知っている。

遠坂はふっと視線をめぐらせた。

岩田はいつの間に立ち上がったのか、熱心に仕事をしている。
…あいかわらず、全身を見るとよくわからない動きだが…手はてきぱきと稼動部分を調節している。
あの爪でどうやっているのか不明だが、それは確信めいた裏付けを持つ動きだった。
っっと、こっちを見ている。気づかれた!

岩田はウィンクした。

思わずガタタッと大きく後ずさった拍子に、背中が当たった机から工具箱が落ちる。散乱する道具。
岩田は…といえばまったく意に介さないといった様子で鼻歌を歌いながら作業続行している。
なんとなく情けない気持ちのまま、工具を拾い集めた。


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