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紅蓮






「人事移動をお願いします、岩田を、オペレーターに。」




…思った以上に、持ったものだと私は、遠坂の機体にカメラを追従させながら呟いた。
実体化していく赤い点滅をその先から打ち抜く二番機の動きには乱れなく、冷酷ささえ感じるほどだった。
なにを考えながらあれは獣を殺すのだろうか、聞いてみたい気もしたが、その機会ももうないだろう。
あれからもう戦場以外で交わした言葉はない、彼は学校生活てもただひたすら仕事にのみ専念して、彼を気遣おうとするクラスメイトすら近づかせなかった、ただ、一人だった。そうしようとしているようだった。

不思議に僕に何か聞いてくる者はいなかった。私は普段と・・そう、前となにもかわりなく、誰の横にもいて、そしてかつ誰にも触れずにいた。避けることも無視することも無く、平然と。

ふいに、二番機が動きをとめた。

銃を握ったままの腕を下ろして、かすかに、顔を上げる。
沈みかけの夕日がその機体を照らした。それは、美しい光景だった。
埃と砂と血と油に塗れて、それが、まるでその体を朽ちた石像のようにみせた。それが、美しかった。

私は、その瞬間正気に返る。

故障か?いや、そうではない。すべての部品は正常に機能している。カメラがおかしくなっているわけでもない。
幻獣はまだその機体の前方にうごめいている。二番機が止まったのに気づいて、首を回す。

いったいなにを。

その刹那、私の頭に直接響く音が聞こえた。
テレパス。
それなりの訓練と情報端末を使えば誰にも可能なある種のハッキングだが、普通は他人の意識に介入するものではない。
強い同調能力があれば、話は違う。

『…少しだけ、聞いて下さい』

遠坂。

意識を集中させる。か細い声。意識の深い部分に沈んで行くにつれ音は鮮明になっていく。

『いろいろ、考えたんですが、
 こんなことを話せるのはやっぱり貴方しかいなくて。

 貴方から見れば、僕はとても愚かなのだろうけれど、
 それでもずっと、考えていました。
 
 …僕らは一体何と、戦っているんだろうと。
 
 ……

 僕はずっと、自分だけは違うと思っていたんです。
 
 でも、現実は違った。

 僕は、戦いの時にもっと自分が傷つくと思っていた。
 
 …でも、ああ。僕は、
 思ったより簡単に、引き金も引けたし、
 幻獣の体も切り裂けた。
 
 もちろん最初は、躊躇したんです。
 躊躇してみただけかも、しれない。
 
 でも、彼らが、こちらを向いて、
 襲いかかってきたとき、僕は、怖かった。
 
 怖くて、そうして、思ったんです。死にたくない、と。
 
 そうして僕は引き金を引いた。訓練どおりに確実に、
 思ったよりずっと簡単に…想像したよりもあっけなく、
 相手は倒れた。
 
 もうあとは夢中だった。
 目の前にあらわれる動くものがすべて、
 自分を殺そうとしているみたいだった。
 
 僕は走りながら撃って、
 とびかかってくるものは切り捨てて、
 ただひたすらに進んで、
 気がつけば、敵の撤退線までたどり着いていて。
 
 僕は恐ろしかった。そこまできてやっと、
 自分が何をしたのか気づいて。
 
 そして、…それが当然であるこの場所が怖かった。
 
 今までずっと考えてきたこと、
 それがこんなに簡単に、打ち崩されてしまった。
 
 和平? 友好? 共生? 
 
 ずっと願っていたことがひどく遠く感じられて、僕は…
 
 自分が怖かった。
 
 僕が恐ろしいと感じた幻獣達の目には、
 一体僕はどう映っていたんでしょう?
 
 
 ……
 
 僕の確かな部分も、あのときに、死んでしまったんです。
 
 僕にはもう、何も見えない。
 
 まるですべては幻だったようです、
 ああ、そうだったらいいのに。
 
 死んだものも…生きたものも…
 それを篩い分ける残酷なこの戦場も、全て』
 
『…すみません』
 
『僕は結局、貴方の言うとおり…』
 
 
ぶつり。
 
鈍い痛みを伴う強制切断の感覚。
 
 
岩田は目の前のモニタを見た。さっきからずっと見ていたはずなのに、まるでその光景は一変していた。
膝を付いた二番機が黒い煙を噴き上げていた。

「二番機大破!遠坂十翼長、応答ありません!脱出の確認も…」

白く。頭の奥が爆発した。









□      □





髪は水のように広がって、地面の上に、緩やかに。
その目は弱く開いたままで、空をいつも仰いだ目。
かさかさに乾いた唇の中は赤く、赤く、赤く。
それがあなたの望んだ答えか、と。
岩田は音にならない呟きを発した。
「貴方の夢は…」
貴方が見たものは、何だったのだ。

「くだらない」

岩田は口に出した。
出したとたんその言葉には笑いが交じった。

もう一度言う。「くだらない」

「くだらない、くだらない、くだらない!」岩田は言いながらアサルトを構えた。躊躇なく撃つ。物言わぬ遠坂のからだが跳ねる。「くだらない、くだらない!」一息毎に打ち込まれる銃弾がその体をその度に吹き飛ばす。歪んでいく。視界を覆う赤。



僕は止められたはずだ。しかしそうはしなかった。貴方は殺されて死んだ。しかしそうでなかったら自分がそうしていた。つまりは貴方は死んで、
僕は貴方を殺すことも生かすこともできなかったのだ。



銃声は途絶えた。弾は尽きていた。
岩田は銃を投げ捨てて、そのまま肉塊に歩み寄る。
「今僕は赤いでしょう、遠坂」
肉と血はまだ暖かかった。



/2002

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