指先
そこにあるものに触れようとしたわけではなく、
見えるものを閉ざそうとしたわけでもなく、
ゆっくりとあげられた手。
虚空を彷徨うように、一度躊躇して、微かに開く指。
それをはしっと取られて、ゲドは少し驚いた。
「…なんだ」
なんの気なしに動かした手をとられる覚えはなく、かといって取ったほうもなにか考えがあってというわけではないらしい。
えっ、と間の抜けた声を出して、あ、とその男は自分の手を見て、
自分の手が握っている手から腕伝いに視線を動かして、ゲドを見た。
「あー」
「…」
無言のまま、取られた手を微かに身じろがせると、ぱっと戒めは解かれた。
目の前の男は大きく腕を引いて、あー、とまた声にして、目をきょろきょろさせた。
「ええと、いや、なんか、つい、条件反射で」
条件反射で人の手をとるのか。
女の手ならまだしも、無骨なその手を。
「…猫でもあるまい」
ふっと浮かんだ言葉を口にしてみるものの、目の前の男は猫とかそういった小動物にたとえるには少々違和感がありすぎた。
「大将は本当に猫好きですねぇ」
微かにずれた話題にこれ幸いと軌道変更を試みる男。わざとらしく笑って見せているがあわてている様子がありありと見てとれる。
ゲドは、手を見た。
「好きな、わけではない」
なぜそんな抵抗じみた事を言ったのか。
目の前の男に対する反逆なのか、
それとも触れようとしたくせに逃げ出したことへのあてつけか。
「大将は何かに進んで触るなんてこと、ないじゃあないですか」
男が肩をすくめてみせる。
「進んだ覚えは、ないが」
それでも口から出るのは否定ばかりだ。
「静かだから、猫はまだいい」
ふーん、と、少し目をそらして男は。
頭の後ろをかいて、唇を尖らせた。
わかりやすい奴。
「触られるのは嫌いですかね?」
ふっとこちらを見た目は清冽だった。
だから俺は答えた、
今度は意志を持って上げた腕を伸ばして。
「ああ」
「嫌いだ、お前は特にな」
2002/9/7/BXB |
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