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贖罪



それは受けるべき罰であったのか、罪深きものよ。





いつものような仕事。
いつものような命がけの闘い。
いつものように、ギリギリの、
いつものように…ああ、そうだ、いつもこうして、生き延びてきた。



俺はその瞬間を見ていなかった。
俺はその声を聞いてもいなかった。
俺はその体を受け止めることもできなかったし、
俺はその鼓動が弱まるのを感じることもできなかった。
俺はただ立ち尽くしてそれを見ていただけだ。


その身体を支えていたのはクイーンとジョーカーだった。
その袖口が真っ赤にそまっていやがる。
俺はその光景がやたらと非現実的に見えていた。見慣れていただろうに、血なんて。
その赤さが網膜に焼き付いて吐き気がした。

「大将」

喉の奥から息が抜けて、呼ぼうとした名前は力なくかすれた。

俺はなんとか脚をあげて、その傍に歩み寄った。

大将はもう開かねぇんじゃないかと思ったその瞼を開けた。でも、それが嬉しくは思えなかった。
弱弱しく俺を見た目は、いつもの覇気も、ボケっとしてるときのあの光りの入らない漆黒の目にすら多少は灯っていた命の色も、
ひとつのこらずなかったんだ。

喉が無性に渇いて。


「ゲド」

クイーンがなんかしてる。紋章術で、直そうとしてるんだ。でも、俺の目からみたって、助からねえこと、わかるよ。
ああ、必死になっちゃって。ちくしょう、泣いてるんじゃねえよ。ジジイも、なんでそんならしくねえ顔してやがる。
ジャックまでしみったれた顔してんじゃねえか。年長者がしっかりしてなくて、どうすんだよ。こんなときによ。

なあ、こんなのってないだろ。

俺は。一度止めた足をまたずるずると引きずって。大将と。その周りに傅く二人の前に立った。膝ついて、大将を見た。
大将は、まだ目を開けていた。
なんか言おうとしてるみたいに見えた。

その手がゆっくりと上がった。右手。俺はそれを掴んだ。

真の紋章。その力。不老を与える力。大将を今まで生かしてきた力。
こうなっちまったら、もうそれもやくにたたねぇってことかい?
そんなのずるいじゃねえか。勝手に生かしといて。生きたいときにはなんの役にもたたねえのか?

大将はなんか言おうとしてたみたいだ。でも、開いた口からはひゅうひゅうと息しかもれなかった。

クイーンが見てるぜ、大将。最後くらいなんかいってやんなよ。
最後?最後だってよ。ははは。笑っちまうよ。

・・・・そんなの、嫌だ。


俺は掴んだ手をぎゅうっと握った。本当は抱きしめたかった。でも、俺だって、みんなから大将を独り占めすることなんてできねぇんだよ。
こういうときには、自分の性格が本当いやになる。
こんなときはなにもかんがえないで、打算も計算も誰に対する遠慮もなしであんたに言いたいのに。


「大将」

なんでそんな目をするんだよ。やっぱ、あんた、死にたがってたのかな。俺が死なないでくれっていったら、嫌がるのかな。
いつかいってたっけか…一人で死ぬのが怖いって、だから、今の状況って、もしかして、願ったりかなったりってヤツなのかい?

でも俺は嫌だ。こんなときでさえやっぱ、自分勝手に思ってる。あんたに死ぬなって思ってる。


あんたは死なないってどっかで、安心してたのかもしれねぇ。

あんたは強いし、真の紋章もあるしさぁ、死ぬわけねぇから・・・それに安心してたのかも・・・・



手が熱い。



俺はあわてて自分の手の中を見た。大将の右手が光っている。そしてその熱が疼きのように鼓動にもにた痛みを。俺にまで伝えて。



「これは、エース、おぬし・・」

ジョーカーが俺の顔と大将の顔を交互に見た。大将は一瞬、笑った気がした。








そして、目を閉じた。









「悪趣味だよなァ」

俺は自分の右手を見た。

「粗末にするんじゃないよ。
 ほんと、悪趣味だよ、よりによって、あんたがねぇ…」

「…悪趣味」

見るとクイーンが目をつぶって首を振ってみせる。

いつもの風景のようで、足りない。

戦場から戻ってきて、俺達は・・・小隊ですらなくなった俺達は・・・・それでも小せぇ部屋に肩よせて。みみっちく集まってた。
だれも顔を上げようともしないで酒飲んで、俺はそれを止める理由もみつからなくて…
いつもはさっさと外に出て行くジャックまで、窓から外を眺めながらも部屋の中にいた。
そこはいつも大将がいた場所だ。

俺は自分の右手を見た。

「…悪趣味だよなァ」

俺の気持ちとかわかってて、それでこの仕打ちってのはさ。

「どうするんだ?」

どこまで聞いてたのか、ジョーカーが俺に話を振った。
さぁ、と俺は返事だけして、

「んじゃ俺が小隊長やるか?」

自分で言って抉れる痛みに咳き込みそうになった。
そこでいつもみたいに、つっこむとかだまってほっとくとかすりゃぁいいのに、ジジイのやつ、一瞬躊躇しやがった。
そりゃ、自業自得だが…ぁあ、ほんと、そうなんだが…


「悪趣味だよなァ…」

俺はベッドに倒れこんだ。






「出て行くのか」

しまった、と、俺は声に背を向けたままで舌打ちした。
そういや、こいつがいたんだ。ずっとおとなしかったから忘れてた。

「…………あーーー……」

どういえばいいのかわからなくて、振り向くこともできない。

「……逃げるのか」

痛い。痛いね、その言葉。本当、言い返せねえよ。

「ぁぁ、いや、ちょっと用足しに」

もうちょっとその言葉が早くでてくりゃ万が一にもごまかしにもなったかな?いや、でもやっぱこいつが相手じゃ無理か。

「あ!エース!」

って、もう一匹やかましいのにも、みつかっちまったし。ああ、もうだめかも。

「どこいくのよ、まさか…出て行くのか?」

「ええと、いや、んなわけねえだろ?ちょっとヤボ用だよ、ヤボ用」

振り返って笑ってみせるが、なんつう顔してるんだい、このお嬢さんは。今にも泣きそうじゃねえか。

「嘘だ」

まったく、こういうときにカンがいいのばっかり揃ってて、こういうのは苦手なんだけどねぇ。

「何で出て行かなきゃならないんだよ。そんなの、ずるいよ」

ずるい、ずるい…か。ああ、そうかもな。いや、たぶん、そうなんだよな。

「アイラ」

だけどよ。

「すまねぇ、でも、ちょっとしたヤボ用だからよ、ちゃんと帰ってくるって」

ジャックが無言で俺を見た。でも、ひるむわけにはいかねえから。


それは、本音なんだ。








ジャックが背を向けて、アイラに無言で促した。アイラは、こっちを見たけど、ジャックに押されて宿の扉ん中に押し込められた。

ジャックはもう一度こっちを振り向いた。俺は手を振って見せた。ジャックはすこし顔を向けて、そしてあとは扉を閉めた。






早朝の港。っていってもすでにもう大概の船は出払っちまって、港に活気が出るのはまた船が戻ってきたときか、それとも定期便が動き出すもうすこし日が昇ってからだ。だからひどくここは静かだ。風もまだ冷たい。俺はその港を歩いた。

本音なんだ。戻ってくるってのは、戻ってきたいのは。でも、今はダメだ。

あのひとが俺にこれを渡していっちまった意味。それは思うにあてつけじゃないかと思ったりして。
大将、あれで結構性格悪いから。


生きてほしかったのは結局俺の一方的な押し付けだったんだろうか?
いや、そうでもなかったとおもうんだけど。
ああでも今ひとつだけ聞けるなら、

あんたは幸せだったかい?って。


あ、あともうひとつ。

俺も百年生きたら、大将と同じ場所にいけるのかねえ?









あとがき

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