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望み


ただ、生き延びるためだけに。戦う。





剣が重い。いつだってそう感じたことなどないのに、汗で額に張り付いた髪が鬱陶しい。靴の底の歪んだ減り具合が気になって仕方ない。
柄を握りなおして、それでも足は止めずに、また、地を蹴る。ひゅうと鳴る喉。
その重みを振り回して、たたきつけられた刀身は相手を切り裂くというよりも殴りつけるように。それをひしゃげさせて、吹き飛ばす。
ガラガラと転がっていく骨の砕片と、重く岩肌を削る古びた甲冑の部品。光を失った中心はそのまま実体をなくす。
一体が瓦礫になれば、また一体。いや、二体、三体、押し寄せてくる。我先にと。その目が光り、口もないのにどこからか体に響くような唸りをあげて。足音も無い質量は押し寄せる。息を一瞬止めて、吐いた。

「大将、このままじゃ、ヤバイ、ですよ、…どうし、ます?」
荒ぐ息に途切れ途切れになる声で、獲物をなんとか構えているといった様相のエースが、問いかける。
目の上を切ったようで、顔の半分を血が伝っている。袖で乱暴にそれを拭おうとするが目に入った分まではどうにもならないらしく、片目は閉じたままだ。
エースにちらりと視線をやったゲドは、不規則な息を飲み込んで、声を絞る。
「逃げるわけには、いかない」

それは死刑宣告に等しい言葉。

物言わずにだらりと下ろしていたボウガンを構えるジャックの表情の無い目にも疲労は色濃い。それでも精度を落としてはいないあたりが彼の精神力を物語るが、それもいつまで持つか。
「そうじゃな…一度死ぬも悪くはないかもしれんな」
息をついて、次の瞬間に詠唱を始めるジョーカーの袖口は焼け焦げ、その右手には切り傷にも似た鋭い火傷が走る。紋章の力を使いすぎて、その制御が上手くいかなくなっているのだ。
「俺は、御免だ」
エースはサイと自分の手を固定する巻き布を歯でぎり、と噛んで締め付ける。もうとうに指の感覚はない。

「まだ出してねぇラブレターが、机の上にあるんだよな、
 帰ったら、ださねぇと」
小声のつもりなのか口にだす言葉で自分に発破をかける。
クイーンが反対側の敵をけん制しながら笑った。口元だけをひきあげるように、すこし息をついて。
「あの三文小説もまだ完結してないしねぇ」
言葉にぎょっとして体をすくませるエースに視線をやった。
「あ、あの、って、どのだよ。お前、小説なんか見るっけ?」
「さぁねぇ。あんたこそなにか心当たりがあるのかい?」
微妙な体制でにらみ合う二人の間に、アイラが身を滑り込ませる。まどいなくひかれる弓がブン、と風を震わせて、一匹だけ突出したスケルトンの頭蓋骨を正面から貫いた。

「二人とも、前みて、前!」

まったくこんな状況でも頭の中に浮かぶ軽口はいただけない。それを口にださなければただの悲痛な戦場ともなるだろうに、それを言わずにはいられない。無理やりにでも余裕があるフリをしないときっと、引き攣れてしまうほどの場所に自分達は立っているのだ。
頭の奥が熱く視界は早鐘のような鼓動にあわせて時折白む。それでもなお、肩口から滑り落ちそうな腕を上げて、それでもなお、唇に浮かぶ笑みを刻んだままで。

ぁあ、今日こそ、死ぬのかもしれない。

それは口には出さないで、一瞬腰を屈めて、地面を蹴った。

続いて背後から歩を進める音が微かな安堵を誘った。
一人ではないのだと。

だから、それでも戦えるし、生き延びることに希望も持てよう。





2002/8/24/BXB



たまには。     


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