二人の寝室
静寂の中、月明かりだけが城の内部を満たしている。
嘱台の蝋燭も燃え尽き、世界は短い眠りを貪っていた。
で、なぜかその時、ゲドの部屋のドアがズバーンと開け放たれた。
「大将!!!!!!」
声と同時にずかずかと踏み入ってくる足音。浅い眠りに繋がれていたゲドは一気に不愉快な目覚めを強いられる事になった。
騒々しい足音はベッドの隣までくると止まり、もう一度、
「大将!!!!」
呼んだ。
ゲドは無言でまだしばしばする左目に手を当てる。起き上がるのが面倒だが、起き上がらねばならないだろう。
目を開けなくても、誰なのかは分かっていた。どう考えてもエースだ。
「・・・・・なんだ」
ゲドが身を起こすと、エースは鼻息荒く口を開く。
「大将は俺よりもヒューゴが大事なんですか!?」
・・・・・・・・・
人をわざわざ起こして、何の話なんだ。
ゲドはあからさまに嫌そうな顔をしたが、月明かりしか入らない部屋の中では、エースにはそれは見えなかった、いや、エースにはまったくもって周りがみえていないようだった。
「あれからいろいろ考えたんですがね、やっぱおかしいでしょう!
どうして俺がラブレター書いたのをヒューゴに、
いくら炎の英雄だからって苦情いわれなきゃいけねぇんですか!
しかもどうして大将にそれを…」
エースはまくしたてるように抗議するが、それをゲドは手で制止する。
そうしてから、ゲドは息を吐いて、まだ混濁した意識を整理してから口を開いた。
「…待て、…エース」
「そもそも、お前は」
「誰から苦情が来てるのか、分かっているのか?」
一文一文言い含めるように言葉を区切るのを、エースは間に口を挟むことなく聞いてから、返答した。
「え、だから、ヒューゴ」
「違う」
「え?あれ?」
エースは眉間にシワを寄せて視線を彷徨わせている。
ゲドは深くため息をついた。
「苦情がヒューゴに寄せられたから、俺がそれを頼まれただけだ、
あいつを恨むのはお門違いだ・・俺は寝る、帰れ」
ゲドはしっしっと気だるげに動作した。
「あ、また大将ヒューゴの肩を持って!!」
「・・持ってない・・」
ゲドはただ寝たいだけなのだが、どうも話がこじれるのはなぜなのだろう。
いいかげんにイライラしてきたが、いつもなら…エースはそういう自分にすぐに気がつくのに、今はまったく気がついていない。エースをなんとかして納得させないことには、寝れそうにもない。
「…エース」
「はい」
いつのまにか床に正座しているエースだが、とりあえずそれはおいておいて、なんとかこれを帰さねばならない。
「どうして苦情が来たのかはわかってるのか」
「いやぁ、それがさっぱり」
本気でわかっていないようだ。頭が痛い。
「ラブレターを出された相手から、苦情が来ているのは、わかったな」
「はぁ、しかしなんでですかねぇ、あて先でも間違いましたかね?」
本当にまったくさっぱりひとっつもわかっていないようだ。頭が痛い。
どこから話すべきかと迷うが、どこから話すにしてもとてつもなく面倒で、ゲドはため息をついた。
「…つまりだな…」
言い出したものの、本当に面倒で、だんだんイライラどころか、腹がたってきた。
第一なぜエースがそこかしこにバラまいたラブレターのことで苦情がきているのに自分がこうしてそれを苦労して言い聞かせねばならないのか。もともとどう考えてもエースが悪い。だが、エースはなにが悪いのか自分でわかっていない。
なんて面倒なんだ。
「…つまり…」
エースがごくりと息をのむ。
「ラブレターは出すな。」
結局面倒くさくなってゲドは一言に集約してしまった。
いつもこうして適当に話を進めてあとでどうしようもなくなるのが世の常なのだが、もはやもうどうでもいいくらいただ眠い。
えー、と泣きそうな声でエースが言ったがそのまま見ていると黙った。
「分かったら帰れ。」
再びしっしっと追い立てる。
「えっ、ちょっと大将、話が途中ですよぉ」
「…まだなにかあるのか」
「だから大将は俺よりヒューゴのほうが大事なんですかって」
「…何の経緯でそういう話になる」
「答えてください!」
「知らん」
ゲドはベッドに倒れこんでエースに背を向けた。
「…大将」
ベッドが自分のではない重みに沈む。
しかし横になって睡魔が再び急速にゲドを侵し始めていた。
「…だいたいお前こそ…」
そこまで無意識で口にして、ゲドはそれ以上をやめた。
「へ?」
「…………帰れ」
三度目の動作をしようとベッドから上げられた手はエースに掴まれた。
「大将!いまなんか重要な事を言おうとしませんでした!?」
「………」
ゲドは無言で、その手首だけがエースの手の中で緩慢にもがいた。
2002/8/23/BXB
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