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Royal sweet(3)

どすん、とみぞおちにかかる衝撃。

「ぶっっっ!」
目がとびだすかと思うくらいに、腹の中の空気が一気に流出した。
瞬間、息が吸えなくなって、意識がふたたび白みかけ、ゆさぶられて、やっと入ってきた空気にむせながら体を起こす。重い。

「ほらほら、いつまで寝てるんだ。
 そんなにロイヤルスイートは寝心地がいいのかい?」
腹に乗ってるのはアイラで、ぼこぼことエースの胸を毛布越しにたたいている。「おーきろー」て、いや、おきたからやめてくれ。
枕元に腕を組んで立っているクイーンがベッドから出ている足に蹴りをいれる。もう無茶苦茶だ。
「ってめえらなぁ、もうちょっと起こし方ってものが、ってぇぇ・・・・」
「美女二人に起こされるなんて、
 あんたにはもったいないシチュエーションだろう、
 感謝してほしいねぇ」
「あん?誰が?どこに?
 ここにいるのはガキと年増だけだけどなぁ〜」
エースがとぼけた顔でキョロキョロしてみせると、
アイラがその頬をつかまえてひきのばす。
「あたしは子供じゃない!立派な一人前の戦士だ!
 美女でもない…けど」
あっはっは、とクイーンが笑う。自分も何かしようとしたみたいだったが、アイラの攻撃がどうも微笑ましくて気がそがれたようだ。
エースは左右に頬を引っ張られたままで抗議する。
「いひにんまえのへんしがひほのはらにのっれんらよ!」
「何言ってるんだ?」
「はらへ!!!」
自分でひっぱっておきながら、本気で首をかしげるアイラをなんとかベッドから追い落とす。と、毛布が引きずられて足元に落ちた。

「ん、毛布?」

ふっと目をやると隣のベッドはシーツに皺が寄っているが中に入った形跡はない。毛布もない、ということは、これは。

「あ、また変な顔してる。」
「アイラ、これはイヤラシイ顔というのよ。」

横で二人が素直な感想を述べているが、エースは毛布の端をにぎってまた別なことを考えているようだ。

「これってイヤラシイんだ、エースは相当イヤラシイんだな、
 昨日もこんな顔してたし」
「本当にイヤラシイねぇ」

すぐ側で勝手なことを散々いわれているが、でもまあ、イヤラシイ顔をしていることには間違いないので、仕方がなかった。


■      ■


「お、やっとおきてきたか。
 もう部屋を引き払わんと二日分金を払うことになるぞ」
ずるずると引きずられる形で降りてきたエースに、ジョーカーがジョッキを上げてみせた。
「ってジジイ、昼間っからのんでんなよ!
 あ、部屋の酒飲んでねぇだろうな!
 お前の紋章うっぱらって金にするぞ!?」
つかみかからんばかりの勢いで食って掛かるが、ジョーカーは手をひらひらと振って適当にあしらう。
「ジャックが目で訴えるからやめてやったわい。
 代わりに酒場で一杯頂いたがな」
「てめぇのちょっと一杯くらいあてにならないものは…、
 と、大将は?」
「ん、起こしに行ったときにはもういなかったみたいだけどねぇ」
既に席についたクイーンがサラダをつつきながら言う。
「………朝、出て行ったのが……見えた……」
「珍しいね、ゲド隊長がなにもいわずに出かけるなんて」
「ん?いやでも前は結構そういうのあったぜ。
 お前は最近のゴタゴタしてるときしか知らないだろうから、
 そうかもしれないけどよ」
テーブル中央の皿に山になってつまれたサンドイッチに手を伸ばす。
「ふーん、何しに行ってるの?」
「それがわかりゃあ苦労しないって」
「役にたたないんだね、エースは」
うんうん、と頷くアイラに、エースは眉間に皺をよせてクイーンを見やる。
「クイーンまたよけいな単語教えてねえか?」
クイーンはといえばエースの方を見もせずにさらりと切って捨てた。
「そりゃあんたといれば覚えもするさ、その辺りは」
文句を言おうとした瞬間、視界の端でジョーカーがウェイトレスを手招きしているのを見て叫ぶ。
「あ、ジジイなに店員よんでんだよ!酒はそれで仕舞いだ、仕舞い!!」


■       ■


食事を終えてごねるジョーカーを酒場から追い出し、それでもまだ未練がありそうなのでとりあえずバラけさせちまえばうかつには金は使えまいと皆を街に追いやる。
そんなに飲みたきゃ自分の金を使えとうそぶきつつ、終わってみれば自分はゲドが戻ってきたときのためにと宿屋・・・酒場の前で待ちぼうけなわけで、また見事に貧乏くじを、自分自身で引いてしまっている。

直接日差しがあたる場所をさけつつ、ぼうっとベンチに座り込みながら、エースはそういえば結局風呂にはいらないで寝てしまったことに気づく。
せっかくロイヤル・スイートの部屋に泊まっておきながら…しかも大将と同室で…それで、やったことといえば…寝顔ウォッチ。あと就寝。
つくづく、ありがたみのない。いや、まあそれもいいのか?通常の約三倍の金額で、と考えるとすっかりさびしくなって真冬のような懐が物悲しくもなるが…まあそれこそまた稼げばいいんだが…

しかし…いい天気だ。ジャックの話では朝早くから出て行ったらしい大将はどこまで行ったのだろう。

エースは座っていたベンチの背もたれに体重を預けて、空を見た。

台帳に書かれた名前の事とか、気づけばかけ返されていた毛布の事とか、思い出したりして、半ばまた幸せにニヤけそうになって、そのわりに何も言わずに出て行って帰ってこなくって、……ああ、眠い。
そういや結局ちゃんとは寝てねぇし…そうだ、今日は風呂はいろう…スイートでもロイヤルでも、本当はどうでもいいんだよなア。

うつらうつらと陽気にあてられて、港から吹く風が心地よくて、エースは目を閉じた。

どれぐらいそうしていたか、ふと、まぶたの裏に差し込む光りが陰ったことに気づく。
「あれ、大将…おかえりなさい」
目の前に立ったゲドが、伸びをするエースを微かに見下ろすように瞳を動かす。
「…皆はどうした?」
「多分街の方っす、待ってたんですよ…ええと今日はどうします?
 もうそろそろ日もくれますけど」

大抵こうして強行軍で街にたどりついた後は何日か羽を休めるのがセオリーなのだが、昨日ロイヤルだかすいーとだかに泊まってしまったせいでいいとこ路銀はあと一日分。
それも一番の安宿で大部屋で風呂なし…水桶一杯といったところのそこがギリギリだ。
「…まかせる。明日の朝出発でもいい…こっちの用は済んだ」
了解、と言ってから、エースはゲドをまじまじと見た。目が合う。
「…大将も風呂はいってないでしょ」
無言で返されて、エースは破顔した。
「ほんと、ありがたみがないですねぇ、
 ロイヤルもスイートも、かたなしだ」
自分のことも含めて笑った。
「……………多少は」
そこでふっとゲドが口ごもる。
「寝心地が良かったな」

どうだかわかりかねるような表情で、見慣れないやつがみたら無表情としかいいようのない目を微かに細めた。
それを見上げていたが、ふっと思い出す。

「大将、一つ聞いていいですかね?」
「…」
なんだ、と目が言っている。
「えーとほら、あの宿帳の順番、あれは…」
期待と不安の入り混じる感情が胸に去来している。それ以上は身振り手振りするのみで、言葉にならない。
ゲドは、すこし顔をあげ、想いをめぐらせるようにして、また視線を戻した。
「あぁ、前から順にな…それが、どうかしたか」
エースはずるりとベンチから背を滑らせた。
「ま、前から…そ、そうですかい…」
「お前がモタモタしてるからな…なにか問題があったのか?」
「いーーーえっ、ぜんぜん!」
もはやヤケクソになったエースはぶんぶんとかぶりをふった。
前からだろうが、そこにいたからだろうが、とにかく、そういう人なのだ。ゲドは。

そう、そういうことで物を決めるのだから、逆にいえばいつも視界にはいっていればすむ話だ。
千載一遇のチャンスを逃したような、そんな気持ちががくりとエースを脱力させた。
そういやだから、ロイヤルでスイートなんだってば。と口のなかでつぶやいて。

またあの寝顔を見てみたいなぁと。
そんな純粋なとも、不順なともいえない願いを抱えてエースは空を仰いだ。

ロイヤルでもスイートでもなくていいから、もう一度。

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いつだって大将の隣ならロイヤルスイートだぜ!
と言ったら、大将は無ごんだったのだ。

2002/8/9

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