おいおい、そらないだろ、と。
エースはカウンターに突っ伏した。
時は夕方、茜色に染まる夕日がゆれる波にぎらぎらと反射する。
明かりをつけ遅れた町並みが暗く影を落とし、
その中にぽつぽつと光りが踊る。
なんとも叙情的な光景で、こういう俗物的な状況においこまれていなければノートを開きたくなるような愛すべき故郷の風景。
しかしそれは全て窓の外なわけで。
「今日は先日までの嵐で足止めを食らっていた船が、
いっせいに到着しましてね、部屋が空いてないんですよ。
特に大部屋は…」
エースは深く深くため息をつくと、懐から皮紐でぎりぎりと縛り付けてある布袋を取り出す。見るからに頼りない膨らみを見せるそれをおそるおそる開いて、また、深いため息をつく。
「ちょ、ちょっとまっててくれ」
ばっと顔をあげ、主人にそれだけいうとあたふたと宿を出る。
外には、夕暮れの風にさらされてぼーっとつったっている我らがリーダーと、その隣で転がった木箱に座り、足をぶらぶらさせるアイラと。
「あのう、大将」
歩きながら声をかけると、ゲドが首だけ回してエースを見た。
こちらに気づいたアイラが座ったまま見上げてくる。
「どうだった?部屋あった?」
そう、実のところこの宿で三軒目だった。
港町であるビネデルゼクセの、一番の安宿から数えて三番目。
一件目は顔なじみでもあったのだが、玄関をくぐったとたんに
「ああ今日はあいにくふさがっててね」との言葉で回れ右。
二件目は比較的大通りにあるのだが、なにやら外にまで人が溢れていて入る気すら起こらなかった。
そして三軒目は。
「いやぁ、あることはあるんすけどね、
大部屋はふさがっちまってるらしくて…」
エースは頭をばりばりかきながら肩をすくめた。
「じゃぁ個室とればいいじゃない」
アイラがこともなげにいう。
「個室も全部ふさがってんだよ、
空いてるのは、二人部屋しかねぇってさ」
「二人部屋はダメなの?」
アイラが続ける。
「いや、ただの二人部屋ならいいんだけど…」
ゲドが無表情に首をかしげた。
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