インデックスへ


Royal sweet

おいおい、そらないだろ、と。
エースはカウンターに突っ伏した。

時は夕方、茜色に染まる夕日がゆれる波にぎらぎらと反射する。
明かりをつけ遅れた町並みが暗く影を落とし、
その中にぽつぽつと光りが踊る。
なんとも叙情的な光景で、こういう俗物的な状況においこまれていなければノートを開きたくなるような愛すべき故郷の風景。
しかしそれは全て窓の外なわけで。

「今日は先日までの嵐で足止めを食らっていた船が、
 いっせいに到着しましてね、部屋が空いてないんですよ。
 特に大部屋は…」

エースは深く深くため息をつくと、懐から皮紐でぎりぎりと縛り付けてある布袋を取り出す。見るからに頼りない膨らみを見せるそれをおそるおそる開いて、また、深いため息をつく。

「ちょ、ちょっとまっててくれ」

ばっと顔をあげ、主人にそれだけいうとあたふたと宿を出る。
外には、夕暮れの風にさらされてぼーっとつったっている我らがリーダーと、その隣で転がった木箱に座り、足をぶらぶらさせるアイラと。

「あのう、大将」

歩きながら声をかけると、ゲドが首だけ回してエースを見た。
こちらに気づいたアイラが座ったまま見上げてくる。
「どうだった?部屋あった?」

そう、実のところこの宿で三軒目だった。
港町であるビネデルゼクセの、一番の安宿から数えて三番目。
一件目は顔なじみでもあったのだが、玄関をくぐったとたんに
「ああ今日はあいにくふさがっててね」との言葉で回れ右。
二件目は比較的大通りにあるのだが、なにやら外にまで人が溢れていて入る気すら起こらなかった。
そして三軒目は。

「いやぁ、あることはあるんすけどね、
 大部屋はふさがっちまってるらしくて…」
エースは頭をばりばりかきながら肩をすくめた。
「じゃぁ個室とればいいじゃない」
アイラがこともなげにいう。
「個室も全部ふさがってんだよ、
 空いてるのは、二人部屋しかねぇってさ」
「二人部屋はダメなの?」
アイラが続ける。
「いや、ただの二人部屋ならいいんだけど…」

ゲドが無表情に首をかしげた。


■      ■

「…スイート?」

反芻するようにエースの言葉に続いて繰り返したゲドの声に、エースは大きく頷いた。
「それならそこらの、ほれ、おぬしが得意なあの宿にでも
 泊まったほうが安上がりなんじゃないのか?」
買出しに行っていたクイーンらも戻ってきて、小脇に紙袋を抱えたジョーカーが裏通りの方をちょいちょいと示しながら言う。
エースは呆れた表情で、首を振って答えた。
「ばぁっか、ここの町の連れ込み宿は裏契約があんだよ、
 この町のネエちゃんと入るんじゃなかったら、
 倍の料金は取られるぜ」
「………くわしいな」
ジャックが無表情につっこむ。うっと一瞬ひるむが、咳払いをしてエースはゲドに向き直った。

「どうします?なんなら今日のところは野宿でも…」
言いかけるが、それをクイーンが遮る。
「休みらしい休みもなしでここまで一気にきたからね、
 今日くらいは湯に入りたいんだけど」
ぎっとクイーンをにらむエース。
「だいたいクイーンが風呂つきじゃなきゃ嫌だとか言うから、
 宿が限られんだよ。水でもいいじゃねえか」
「水浴びすらしない誰かさんはどうでもいいだろうがねぇ」
しっしっと手で追い立てる動作。鼻までつまんでみせそうなクイーンに、エースはうなるのみだ。
「…足りるのか?」
ゲドの視線が自分に向いていることに気づき、
エースは眉をあげて、目を泳がせた。
「いやまぁ、たりるっちゃぁ、たりてるんですけど。
 いかんせん、余裕が…」
たとえギリギリでスイートに泊まるとしたって、このメンツがそれだけですむとは思えない。どうせまた勝手に酒場にくりだして飲んだくれるだろうし、それだけですめばいいが、スイートの部屋にそなえつけてある高級酒にうっかり手を伸ばさないとも限らない。
隊のサイフをあずかる身としては、あまり考えたくない状況なことは確かだ。
「では、いいだろう」
とか考えをめぐらせている間に、あんまりにもしれっとゲドが意見を述べた。

「って大将!んなあっさりと…」
エースが不満を言う暇も無く他の隊員たちは色めき立つ。
「ひゅぅ、太っ腹だねぇ。どっかの誰かさんとは大違いだよ」
「スイートってどんなの?」
「…俺も、泊まったことがない…」
「酒は置いてあるかのう」
まったくこちらの話を聞いていないし、気も知れない。
「たぁぁぁいしょぉおお」
情けない声のエースに、ゲドは微かに口元を緩めて見せた。
「たまにはいいだろう、久しぶりだしな」
そういう顔をされると、何もいえなくなるのだった。


NEXT>> 



幻水トップへ // TOPへ