傾月  場面2

「まったくあいつのどこがいいんだぁ?陰気だし、無愛想だし、
 なに考えてんだかわかんねえし、やけにえらそうだし、
 なんか人のこと見下してる雰囲気プンプンだし、返事はしねえし、ムカつくし、
 俺の方がずーーーーーーっといい隊長じゃねえか。」
悪口を言われれば腹は立つが、実際否定できないことが多くてエースははぁ、と力なく息をつく。
「…あのひとの陰口たたくんじゃねえよ、バカ」
確かに大将はああだが、デュークみたいにバカではない。
「本当のことだろうが。現にこうやってお前一人に仕事をおしつけて…
 自分はボケっとひなたぼっこでもしてんだろ、どうせ」
それは、そうかもしれない、と無意識に頷く。

でもだからといって、それが腹立たしいことだとは思えないあたり、
自分もかなりヤキがまわってるんだろう。
どちらかというと、そうやって仕事をまかされること自体、嬉しいのかもしれない…

「なあ」
想像の中のひなたぼっこゲドがこっちをふりむいてちょっと笑ってくれるところまで
妄想していたエースは、耳元で呼ばれた反動で膝をテーブルの裏に打つ。
「あ、あ、ああ?」
あわてて向き直るがデュークは少し訝しげな顔をしただけで気を取り直したように言葉を続けた。
「おまえ、ねぎらいのひとつもされたことあんのかよ?」
「へ・」

なんか似合わない単語が出たことでエースは素っ頓狂な声を上げる。

「いっちゃーなんだが、俺はいつも隊員のこと考えてるぜ。
 無理させりゃ謝りも感謝もするさ。
 あいつにゃそういうとこがてんでねえだろ?違うかよ?」
真剣な目が向けられて、エースは顔を逸らす。

そんなことは、わかっているのだ。直接一緒に行動したことがなくても、
デュークの隊の互いの信頼関係は目に見える。
即物的といえばそうかもしれないが、青臭いといってしまえばそうかもしれないが、
それでも、それが、羨ましいと思ったことがないわけではない。
いやむしろ、羨望を向けたことさえある。

「まるで一人で戦ってますみたいなツラしやがって、
 そーいうとこもいけすかねえんだよな…お前はどうなんだよ?」
言葉が出ない。
実際自分が一番問題視している部分を指摘されているのだ。

「…別に、それは、大将の、性格だし…」
目を逸らしてなんとか言い訳を考える。
デュークは言葉の上だけをひろっていてくれているらしいところで、救われた。
「だからその性格についてどうなんだって、いってるんだよ」
「そんなん、問題じゃねえよ。…言わなくたって俺はわかるの!そうなんだよ!」
勢いまかせに思ってもない言葉を叩きつける。
デュークは一瞬の間をおいて、ふーん、と気のない返答をかえした。

「ま、どっちにしても、だ。
 俺があいつに勝ってるってぇのはこれで決定だな。」
しばらく沈黙したかと思うと、デュークは突然口を開いた。
その突拍子もないセリフにエースは一瞬反応が遅れる。

「なんだよそりゃ…」
「つまりあいつは仕事もしねえ信用もねえ、まぁちょっとばかし腕がたつがそれだけだ。
 俺のパーフェクトさに比べれば全然格下だな。
 あとは一騎打ちでこてんぱんにのしちまえば完璧ってことだ」
「おいまてダレが信用…」
「まぁ待ってな、じきにお前が心残りのひとつもなくなるくらいあいつを叩きのめしてやるぜ。
 そんときゃ、俺のモンになれ」
「おい、ダレが…」
「そうときまりゃぁ早速ゲドの野郎をぶちのめしにいくか、
 まあその前にあんまりハンデもなんだしな、
 あいつがどんだけダメかっつーのをことごとくわからせてやるってのも手だな」
「…」
まったく聞いてない。


頭が痛くなってきたエースは、一人で憤っているデュークについていけないとばかりに椅子を引く。
「それにはまず決定的な差ってぇのを見せてやるのがいいかもな、そういや…」
なにかポケットをあさったりバタバタしはじめ、物陰に沈んでいた埃は舞うわ書類はズレるわ、何かいってやろうとエースが振り向くと、デュークはまた何事か独り言というにはデカすぎる声でしゃべりながら部屋を出て行くところだった。

デュークが嵐のように去った後にはエースがひとり取り残されたが、
しばらく呆けていたエースはそのうち気を取り直して、再びガリガリという音を発し始めた。



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