傾月  場面2

ガリガリガリガリ。
真昼間から締め切られた部屋の中に、紙を削るペンの音が走る。
ときおりその手がとまっては、ガリガリガリ、とこんどは頭をかく。

外は非常にいい天気で、窓をあけて深呼吸でもすれば、どれほど気持ちがいいんだろうが、そんなことをしては、机の上に積み上げられた書類も、それにまじった書きかけの原稿も、あとくしゃくしゃにまるまったラブレターの類もいろいろぶっとんでってしまうことだろう。

淀んだ空気の中にただひたすら、とめどなくガリガリという音が響く。
エースはちらと窓の外の太陽を見た。

「なんだなんだ、とんでもなくきたねえなオイ」
予告なくドアがバターンと開いたかと思うと、
こんな時に一番ジャマで面倒で煩いやつが現れた。
椅子に座ったまま半身を捻って、来訪者を見たエースは頭を抱える。

「…まぁたお前かよ、乱暴に歩くな!書類が落ちる!」
実際ドアが壁に跳ね返った衝撃で、積みあがったファイルはバランスよく右に左にずれこんでいる。
「歩く隙間もねえじゃねえか、これで女連れ込むのか?」
聞いてるんだかなんだか、足にからまる紙くずを蹴り飛ばしながら
デュークは遠慮のかけらもなくずかずかと部屋に踏み込む。

「折角無理をおしてまで個室をぶん取ったって聞いたからきてやったってのに、
 色気のカケラもありゃしねえな」
言葉に部屋の中を見回してみるが、確かにがさつに埃を拭いただけの部屋は、
窓がある物置といった風体で、しかもその窓も閉め切った状態なわけで空気も篭り、
カビとインクの臭いが充満している。
それを自覚しながらもいわれりゃなんとなく反抗してしまうわけで、エースは声を荒げた。

「うるせぇよ、もともと作業場が欲しかっただけだしな……、
 ってなんでお前が知ってんだよ!!!」
「ぁん、そりゃあ、こっちだって個室は申請してたからな、
 エースさんにとられちゃいましたってなもんで見にきたわけよ」
あのぽやーとした城主の顔が浮かんでエースはため息をついた。
それこそ申請する気もないが、トーマスには自分達とデュークたちが仲良しこよしにでも見えるんだろうか。…見えてるんだろうな。そしてまたため息をつく。

「まあこれならお前にくれてやってもいいか、俺には狭そうだし…
 ん、シーツだけはキレイだな」
思惑ありげにベッドを点検するデュークに痺れをきらしたエースが声を飛ばす。
「ジャマしに来たなら帰れよ、俺はいそがしいんだよ!」
顔を向けたデュークはエースの腕の下の書類群を一瞥して、
歩み寄るとエースの座る椅子の背もたれに肘をつく。
「そうみたいだな。また全部仕事おしつけられてんのか?」
うっ、と言葉につまると、デュークはこっちの顔を覗き込んでニヤついた笑みを浮べる。

「よく毎回毎回それで愛想つきねえもんだな、ホレた弱みってやつか?
 いいようにあしらわれてるだけじゃねえか」
「…うるっせぇなあ…」
肩に置かれた手を乱暴に払って、それでもつかまれる腕をそのまま胸に叩きつける。
デュークは口の端に浮かんでいた笑みを消すとエースを見た。
「いい加減折れろよ、損はさせねえぜ」
その目の奥を見透かそうとでもしているような視線に抗うように、唇だけでつぶやく。…自信過剰。
一瞬の間を迷いだとでも思ったのか口の端をゆがめようとするデュークに、
エースはおもいきり眉をしかめてみせた。

「俺は別に今不満はねえよ。だから、余計なお世話だ。」
そういって相手の身体を押し返すと、デュークは肩をすくめた。
「意地はんなよ」
「意地じゃねえっつってんだろ」
まったくこいつの自信はどこからくるんだか、そーいう性格してたらさぞかし
人生が楽しいんだろうなぁ、とそこまで思ってから、こいつの現状に満足しないっぷりを思い出す。
有る意味、絶対幸せじゃないやつなのかも…いや、どうでもいいな、そんなことは。


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