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ゲイド外伝

いい天気だ。

エースは、手元のノートに『とてもいい天気だ』と鉛筆を走らせる。
空を見上げる。空は青い。
とてもいい天気だ、の前の行との間に、『空が青いので、』と付け足す。
頭の上の枝で、鳥が囀る音が聞こえる。
『とてもいい天気だ』の前の行との間がまだ幾分あいているので、
そこに『とりがチュンチュンといっているし、』と付け足した。

さっきからそんなことを繰り返しているので、エースのノートはごちゃごちゃしていた。行と行の間に余計な言葉が右往左往し、ちゃんと列になっているところは少ない。
ただでさえ文字が汚いというのに、それではエース以外が読むことは不可能だろう。
しかし別にそれはかまわないのだった。


静かで、時折風が吹く。
エースは伸びをして地面に転がり、空を仰いだ。そのまま上に持ち上げたノートで、枝の合間からちらちらとこぼれる光をさえぎる。
『静かで、風が・・』
そこまで書いて、止まる。

風が、あたたかい? いや、すずしい? いや、どうだろう。

いい加減随分な時間こうしているので、頭の動きは鈍りつつあった。
いままで順調に筆を進めてきたが、とつぜんスランプに陥って三日、
こうやって作家は文章能力をみがくもんだとどこかできいたような、という記憶が蘇って二時間。
気分転換がてら部屋を出てきたはいいものの、
やはりうまく言葉が出てこない。
言葉がでてこないからスランプなわけだからあたりまえだ。

エースはエンピツを持ったまま握りこぶしで頭を掻く。
そうしてから、『風が、きもちいい』と書いた。

ああそうだ。風が気持ちいい。
エースは自分が書いた言葉に深く頷く。
さらさらとゆれる草と木の葉と。
城の裏側ではあるが、木々の間隔もそれなりにあいていて、
歩くのも寝転ぶのにも悪くはない。

ふっと脳裏が一瞬霞んで、エースは眠気が、しかもかなり強力なやつが襲ってきたことに気づく。

「いかんいかん」

がばっと起き上がり、緩んだ気をひきしめるように鉛筆をむぎゅうと握り締めて、エースはまだ半分白いページをにらんだ。

『エークは城のうらのほうにいったのだ。(ひまだったので)(天気がよかったから)
うらのほうは木がいっぱいはえていて、あと草もいっぱいはえていて、
エークは地面に寝たら、いい気持ちになったのでねむってしまったのだ。
エークは    空が青いので、とりがチュンチュンといっているし、
とてもいい天気だからエークは昼寝をすることにしたのだ。
静かで風が気持ちよかったのだ。』

非常にごちゃごちゃしているが、これが原稿になるわけではないので、まあいいかと思う。
しかし静かな場所というのは、誰にも邪魔されないのはいいんだが、
書く材料が少ないのがこまりものだ。
エースはエンピツを加えて周りを見回す。木。木。木。

木がいっぱいあって・・、と書こうとしたが、そういえばついさっきかいたばかりだ。草もだ。
ううむ、と首をひねる。
そもそもエークが寝てしまったのでなにを描写するべきだろうか。

エースは再び寝転がってみる。

昼寝をすることにして、寝転がって、風が気持ちいい。
寝転がると見えるのは空ばかりだ。
寝転がると、空が見えたのだ。と書く。しかし、空が青いのはもう書いたので、雲がいっぱいうかんでいたのだ。と書く。
あとは見えるのは木の葉っぱと、真上に見える太陽と、黒いもさもさした・・・

黒。

エースはばさばさとノートを取り落とした。


「……」
黒くてもさもさした人といえばこの人しかいない。
きづいたら、いつのまにか大将がそこにたっていたのだ。と、ナレーションしてみる。
ゲドはぼんやりとエースに視線を投げると、口を開いた。

「何だ」

大将がなんだ、といったので、エースはあわてたのだ。
自然に思考が説明調なのを、頭をぶんぶんと振って消し飛ばす。

「あ、いや、散歩ですかい?」
ゲドはああ、と答えてから、ひとつ間をおいて、続けた。
「お前は・・こんなところで、書き物か」
その視線の先に転がるノートをあわてて拾って、背中に隠す。
あわてる必要はないのだろうが、指摘されたとたんになぜか羞恥心が沸いたのだ。
しかしそれがかえって、放っておけば流されただろう話題を引き止める。
なんの気なしに投げられていた視線が、エースの動きで僅かに意思を帯びた。それに気づかなければいいものを、気づいてしまうのがエースだ。気づいてしまえば、返答しないわけにはいかない。

「……」
ゲドがエースを見る。
「え、あー、まあ、これは、今ちょっとですね、練習してたんすよ」
ははははは、と笑ってみせるが、歩いたままだったゲドの体勢が完全にこちらに向いている。
「ほう」
一瞬笑ったように見えたが、口調はあくまで無関心だ。
「いやこう、空とか、木とか。まあえーと、話にはなってませんし、
 見たって面白いもんじゃあないですけど」
それに促されるように余計なことがぺらぺらと出てくる。
「・・・面白い、というか・・」
ゲドが微妙な表情を見せる。

かすかに目をふせて、顔をそらした姿。エースはぴくりと頭の奥が疼くのを感じた。
『・・・は、少しうつむいたのだ。そうしたら、それは、きれいだった。』

背中にまわしていたノートを取り出して、新しいページをめくると、エースは一行を埋めた。

「…何を書いている」
ゲドが顔を上げると、エースはばたむとノートを閉じて、笑った。
「大将のことを」

「・・?」
「まあまあ、立ち話もなんですし、座りませんか大将」
ばふばふと隣を手のひらで叩く。

それでもなにか困惑したような顔で立っているゲドの腕を引いて座らせて、エースはまたノートを開いた。
不満ありげに眉をよせる、ゲドの方からは見えないように背を立てて、さらに行を埋める。
『大将は髪の毛が真っ黒くて、きれいだ』

「…おい、エース」
「はい?」
ノートがゲドの方に開かないように気をつけながらエースは顔を向けた。
「顔が、ニヤけている」
「そ、そうですかい?」
自分の顔にぺたぺた触ってみるが、自分ではわからない。だが頬が緩んでいるっぽいような気がしなくもない。
その大袈裟なしぐさにゲドは僅かに眉をあげる。
「…何を書いてるんだ」
ゲドがノートを取り上げようとするのから逃げるように、エースはノートを持つ手をゲドとは反対に思い切り伸ばした。
「あ、だめですよ!…だから、大将のことですって。
 モデルみたいなもんです」
「…モデル?」
「スランプ脱出しそうなんですから、ちょっとだけ協力してくださいよー」
「・・・」
なんとなくまだ何かいいたげだったが、
あきらめたのか手を下ろして、ゲドはふう、と息をついた。

「・・スランプのままのほうが、平和でいいかもな」

そのまま寝転がる。

「そいつは、ひどいなぁ」

エースは笑いながらまたノートに鉛筆で触れる。
大将が横になったので、ノートを立てる必要もない。
『大将の目も、真っ黒くて、きれいだ』

見ればもう目は閉じてしまって、その黒さを確かめることはできないが、
風がその髪を揺らすのは見える。

木漏れ日がかすかに漆黒に光を散らす。
風はつめたくもぬるくもなく、ただ心地よく頬を撫でる。

寝入ってしまったのか、それともただ目を閉じているだけなのか。
見るだけでは計り知れないが、どちらにしろかわらないだろう。

『エークは…』

そこまで書いてから、しばらく考えて、それを二重線で消す。
ちらとゲドを見て、今度は一息に鉛筆を走らせた。


『大将がそばにいるので、エースはとても幸せなのだ。』



2003/01/23//BXB






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