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3・暗黙の始まり


ゴンゴン。と、ノックの音で、ゲドはベッドから顔を上げた。
「大将、いますか?」
しかしその声を認識した瞬間、脱力して、またばふっと枕に顔をうずめる。

来た。
来てしまった。

あれから極度の疲労感に襲われてそのまま寝床に身を投げ出してしまったのだが、そのせいで、心の準備もしないままに、この時がきてしまった。
ゲドはベッドにうつぶせになったままで、しばし沈黙する。

「…いねえのかなあ…」

扉の向こうで、元凶である男の独り言が響く。
…このまま、いないふりをしてしまおう…と、ぼやけた思考が命令を下した。

いや、待て。

「しゃあない、後でくるか…」

そうやってる間に、あいつがアレを別な相手に見せたりしたらどうなる?
誰が見たってあれが自分をモデルにしてかかれたということはすぐにわかるだろう、傭兵とか書かれてるし。
ゲドはガバッと身を起こした。

「エース!」

扉に駆け寄って先ほどからかけっぱなしの鍵をあわててはずす。
勢いよくドアをあけると、ガンっと音がした。

「ぁいってーー!」

覗き込もうとした額にクリティカルヒットしたらしいエースの襟首をひっつかみ、部屋の中に引きずりこんで、ゲドは扉を閉め鍵をかけ、息をつく。

「つつ…な、何ですかい?え?あれ?」

床に座り込んだまま涙目のエース。

ゲドはといえばまるで何かにおびえたように扉の向こうを伺っていたが、足元にうずくまるエースから向けられる視線に気づくと、かすかに目を開いた。
「…いや…」
なんでもない、とは口にするものの、めまぐるしく体内をかけまわる動悸を抑えることはできずに、きりきりと痛む胃を押さえる。
エースは首をかしげたものの、すぐに気を取り直したように立ち上がり、

「あ、それでですね、続き。持ってきましたよ。」

へらっとだらしない笑顔でぴらぴら数枚の紙束を振って見せた。
ますます胃が痛むが、だからといって無視するわけにもいかず、渋い顔でそれを受け取る。

重い足取りで離れ、ベッドに腰を下ろしてちらと視線をあげればエースがなんとも照れくさそうに、それでいて幸せそうにこっちを見ている。自然に胸の底からため息が上がってきた。
一度目をぎゅっとつぶってから、紙に目を落とす。



だい二回
おくすりを前にとほうにくれるゲイドの前に、謎の人影が現れてこういったのだ。「よおゲイド、ひさしぶりだな。」ゲイドがふりかえったら、そこにいたのはふるい知り合いの、地上さいきょうの冒険者エーク・ド・フォーエバーだったのだ。つづく。


…俺の記憶が確かなら…いや、最近自信がなくなってきたのはそうなんだが、ゲイドも地上最強じゃなかったのだろうか。
いや、職業ごとに地上最強があるというならいいんだろうが…そしてなぜ古い知り合いが謎の人影なんだ…?

いちいちつっこんでいたらキリがないとは思いつつ、ゲドは二枚目をめくる。


だい三かい
ゲイドがわけをはなしたら、エークは不敵なえみをうかべて、店の主人に向かって「オヤジ、20ポッチまけてくれ」と言ったら、オヤジはまけてくれたので、ゲイドはピンチを脱出したのだ。「すまんな」とゲイドはいって、エークは「いいってことよ、それよりお前におりいって頼みがある」と言った。つづく。


ゲドはばふっとベッドに倒れこんだ。

「た、大将!?どうしました!?」

白む意識の中、エースががくがくと自分を揺らしているのをどこか遠くから見守っているような気分になった。
そのまま意識を手放してしまいたくなったが、あんまり揺らされて今度は気持ちが悪くなってきたので、力を振り絞って腕をあげ、エースの頭を押しやる。

「だ、大丈夫ですか? どっか、具合が悪いとか…」

そりゃお前のせいだ、と思いつつ顔をみると本気で心配しているようなので、それがまた疲弊の種になる。

「いや…少し、疲れただけだ」

口ごもりながらもそう言うとエースはそうですかい?と襟元を掻く。

「お疲れのとこすみません、
 じゃぁこれはいいですから、寝てくださいよ」

と、手にまだ握り締めてあった紙束を受け取ろうとするのをゲドは咄嗟に腕を引いた。

「ま、待て、エース!」

自分がダメだったからといってこれを他のヤツに見せられてはかなわない。
目をパチパチさせるエースに強い視線を向けて、ゲドはどこか荒ぐ息を抑えつつ、言葉を選んだ。

「エース、その…小説を、俺以外に見せようとは思うな」

「へ?」
エースの動きがビシッと止まる。そして、数秒の静寂の後、ぎくしゃくと動き始める。

「そ、それは、それはぁ…どーいう意味ですかね?」
「言葉どおりの意味だ」

見せられたら困るのだ。

「こっ…」
エースが俯く。顔を伏せているので見えにくいが、顔が赤い。
…ん?

「…エース、今何を考えた…」
「えっ、いやだから、言葉のまんまに」
「違う、それは、違うぞ…」
ふたたび強くなった頭痛に、頭を抱える。

「そうではなく…」
いいながら考えるが、じゃあどういえばいいのだろう。
俺をモデルにした小説なんか人に見せるな恥ずかしい。とでも。
いや、そのまんまだが。
だがその言い方ではやはり誤解を招きかねない…

止まっているゲドに、エースが頭をかきながら言う。

「いやまあ、心配いりませんぜ。
 完成するまでは大将以外には見せませんから」

じゃあ完成したら見せるのか。

がっくりと肩を落とすゲドにまた何を勘違いしたのかエースがあわてる。
「あ、ええと、それなら…」

コホン、と咳払いをして、エースはいきなり真顔になると、
ゲドの両肩をがしっと掴んだ。

「僭越ながら、このヒットマン・ブラボー、
 今作「ゲイドの冒険」を、大将にささげさせていただきます!」

一瞬の間。言葉を反芻して、ゲドは首を傾げる。
「…それは、俺以外には見せない、ということか?」
エースはおもいっきり頭をあげて深く頷いた。
「そうです!」

「そうか」
ゲドが安堵のあまり微かに微笑む。

それを見た瞬間にエースは感極まったとばかりに「大将!」と叫んでそのままゲドに抱きついた。

そしてゲドもあんまりほっとしたものだからされるがままだった。






2002/11/30

つづく。




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