ゲドは、テーブルの上に載っている紙束を見て、開いたばかりの自室のドアをそのまま閉めたい思いに駆られた。
「ゲイドの 冒険」
遠目からでもはっきりわかるように、紙の表にでかでかと書きなぐられた題字。いや、書きなぐられた、というのは御幣があるのかもしれない。エースのとんでもないくせ字にしては、丁寧に書かれている可能性もある。いやしかし、そんなことはどうでもいい。ご丁寧にもその紙束はドアを開けたらすぐわかるように、こちらに向けてセットしてある。そして思惑通り、それを部屋に入ろうとした瞬間に目にしたゲドは、扉をあけた体勢のまま固まっていた。
「…………」
ゲドは思案した。このまま扉を閉めて、飲みにでも出かけてしまおうか。しかしそれでは何も解決しないことは分かっている。
ではこの紙束を丸めてポイして全てなかったことにしようか。
…だが、それはあれほどまでに熱心にこの文を書いているエースに対して、少し良心が痛まないでもない。ほんのすこし、ほんのわずか、毛の先ほどではあるのだが。
ゲドはまるで他人の部屋のような違和感をかもしだす自室へと踏み入った。
一歩足を先に出すたびにそれは近づいてくる。なんの変哲もない紙きれがこんなにも自分を圧迫するとは思わなかった。しかし、目を逸らすわけにはいかない。
その物体の目の前に立って、それを真上から見下ろす。
「ゲイドの 冒険」
何度見たって消えてなくなるわけではない。
ゲドは思い切り息を吸うと、全身全霊をかけてため息をついた。
しばしそれと相対していると、背後で今までひどく遠く感じたざわめきが蘇る。はっとして、ゲドは扉に駆け寄ると、厳重に鍵をかけた。
そうしてからあらためてそれに向き直り、今度こそ妙に力をいれてそれに歩み寄ると、半ば机の上からさらうように手に取った。
目を閉じ、心を落ち着け、一枚目をめくる。
だい1話
こ高の戦士、ちじょうさいきょうの傭兵ゲイドは、その日たぐいまれなる大ピンチにおちいっていたのだ。
それはなんと、町で買い物をしようとしたら、20ポッチたりなかったという、えげつない罠だったのだ。
このままではおくすりがかえない!危うし!ゲイド!
ゲドはくたくたとその場に崩れ落ちた。
今までは…まだ、それを客観的に見れていたような、気がする。自分には関係ないものとして一枚隔てていたから、まだおそらく、平気だったのだろう…が、しかし、自分をモデルに書かれているというだけでこの破壊力はなんなんだ。というか、冒険ものではなかったのか。なぜいきなり買い物シーンなのだ。いや、それは前振りを書くという新たなスキルを身につけたとかんがえてもいいものなのだろうか。だが、そういう問題なのだろうか。
ゲドの脳裏にさまざまな言葉が浮かんでは消え、ぐるぐるとまわる思考で頭痛が起きた。
いまさらながら、今までまともにアレに向き合ってはいなかったことを思い知らされる。
そう、見たふりをして、適当に流していただけなのだと。逃げていただけなのだ、と。
こうして無視できないところまでつきつけられて、初めてそれが身に染みる。
…しかし自分の性分がいかに問題があるからといって、こんなことでそれを思い知らされたくなどないのだが。
ゲドは息をついて、二枚目をめくる。
「大将、俺の二作目ゲイドの冒険はどうですかい?
今日はちっと時間がありませんで、一話だけなんですけど、
夜までには続きを持ってあがりますんで。
楽しみにしててくださいよ」
…………………
続きがいまのところなかったことに安堵すればいいのか、続きがこれからモリモリあがってくることに戦慄すべきなのか。
ともあれ、ゲドは夜までに逃げ出すか否か、考えねばならなかった。危うし、ゲド。
2002//10/6
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