■片恋■



たわいもない応酬ですら、それは少しずつ広がっていく。





「そういや、言おうと思ってたんですよ」

書類をめくりながら、なんだと声を返した。

「あんたが好きなんですが」

一瞬動きを止めたのは、何か語尾についてここから話でも展開するのかと思ったからだ。
しばらく待ってみて、どうやらここで話が終わっているらしいと気づいて、
それからもう一度反芻して、やっと相手の顔を見た。

笑っているからいつもの軽口なのだと。

無視するか、なにか返事をするべきか考え始める。
どうも思考が泥の中をもがくように緩慢な様相をみせているのに別なところで気がついて、
そうしている間ずっと黙っていたのだが、ふっと気づけばその男は目の前まで歩み寄ってきていて、
いつものように眉を下げて笑った。

あんまりいつものようだから、その先の動作に違和感すら感じるヒマもなく、
それはごく自然に、顔を近づけてきて唇を塞いだ。



意味があるないに関わらず、質量が存在するものがある。
それは気づかぬ間にどこかしらにつもっているらしい。




「愛しています」

そのセリフを何度聞いたことだろう。
どうもこの男にとってそれは挨拶みたいなモノらしい。
最初は面食らったが、よく考えてみれば昨日今日あった女にも言ってみせるのだ。これは。

「言うだけはタダなんだろう」

いつもは適当に聞き流すのに、聞いて見せた。
そいつはべつに困ってもいないように笑った。

「大将に一番たくさん言ってますよ。ダントツで」

フォローなのかなんなのか。

「どういう種類の誠意だ、それは」

悪びれてもいないのだから、もう呆れるしかない。

「信じてくれませんかね?」

しばらく考える。

「…信じるさ」

それこそどんな種類の信頼だかわかりませんねえ、とそれは言った。まだ笑っていた。




触れるか触れないか、というのはつまり触れていないということだ。
触れてしまったら、その跡はもう消えないのだ。
だからそれには念入りな理屈が必要だった。
ドアはいつも開けっ放しで、窓はいつもカーテンが閉まっていた。





そんなに軽いものならば、そんなに理由のいらないものならば、そんなに価値のないものならば。
こちらから一度でも投げかえしてやってもいいのだろうか。
一度くらいそうしても冗談でいられるだろうか。
どこまでお互いわかっているつもりなのか。
背中を向けて出入り口に立ったままでいってしまえばいいものなのか。


「俺も愛している」


一度見開いた目が、泣いているような笑っているような形にゆがんで、
それは所在なさげに視線を腕を彷徨わせて、
俺の腕を掴んで、引き寄せた。

どこかでしまった、と思った。焦って口をついた言葉を放った。
「本気にしたのか?」
声がうわずっている。気づきたくもなかった。
「いいっスよ。なんでも」
腕の力は強かった。肩口に埋めた顔は見えない。
もう無駄だと思っても俺は言った。
「冗談だ」
「ええ」
今度は声はよどみなく出たと思った。でも腕の力は弱まらなかった。


バカバカしい、と俺は呟いた。






どうしようもない僕(仕事中)にエーゲドが降りてきた。
ので原稿中というのにひさびさの更新をしてみたり

2003/10/10//BXB