私は、刃物を砥ぐのが好きだ。
それも結構昔から、10歳くらい頃の肥後守の砥ぎから入って、27年の年季なのだ。素人とはいえ、筋金入りなのだ。
そして、砥いだ刃物は、産毛が剃れるくらいに仕上がらないと、満足しない。包丁だろうが、ナイフだろうが、鉈だろうが、例外はない。鉈で毛を剃れるのか?と思われるかもしれないが、ちゃんと鉈の刃先角を保ったままでも十分可能だ。
切れない刃物は危ない。
だからウチの包丁はよく切れる。タマネギを刻んでも、ほとんど眼にしみない。妻は自分では包丁を砥がない(私の趣味を知っているので)ので、タマネギが少し目にしみるようになってくると、
「切れない」
と砥ぎを頼んでくる。
刃物を砥ぐという行為は、集中力が必要である一方、集中しているために作業中はなーんにも考えずにいられる。まさに無心、心静水の如し、てな感じでだ。ある意味、ストレス解消にもってこいというか、精神統一になるというか。
そして、無心に砥いだ刃物の切れ味が満足できる仕上がりだと、とても心地よい充実感がある。
あんまり楽しいので、いつの間にか砥石専用の道具箱が必要になるくらいの数の砥石が集まってしまった。
もっとも、砥石を愛でるという趣味はないし、日本刀のような美術品を砥ぐわけではないので、高価な天然砥石の名品、逸品、というようなものはなく、そこらの金物屋で売っている実用砥石ばかり、いろんな材質、粒度のものだ。
いちばんよく使うのは、キングの#800と#1200の、ありきたりの人造砥石だ。中砥と中仕上砥というところか。これらは炭素鋼からステンレス鋼までよくなじんで砥ぎやすい。そのかわり、やわらかいのか、すぐに減ってくるので、こまめな面直しが必要だ。
大き目のナイフや肉用の包丁は#800で砥ぎっぱなしにすると、肉の繊維がよく切れて快適に使える。小型のナイフや鉈は#1200で仕上ると大概の用途にまずまず使える、という感じだ。
細工用の切出し小刀や肥後の守、野菜用の万能包丁や魚用の出刃包丁には、仕上砥をかける。「白峯」という真っ白な人造砥石で、木製の台がついているものだ。これで砥ぐと、鏡のようにツルピカになる。切り口はすごくきれいで、鉛筆を研いでもつるつるに仕上がる。出刃包丁の場合はこれで刃先を仕上げてから、もう少し荒い砥石で軽くなでるように砥いで砥いだ面のつやを消す感じにすると、切った刺身などの離れがよくなる。
刃こぼれの直しには、天然の大村砥を使う。荒砥の定番だ。鎌などはこれだけでも使えるが、切れ味は「ザクッ」という感じになる。「サクッ」というのが好きなら、もっと細かいので仕上ればいい。
砥石の面直しは、面倒でも欠かせない。使っている砥石を一度きちんと面直ししてみると、別の砥石のように研ぎやすくなったりする。砥石の面は、平面か、わずかに凸面に仕上げ、砥石の角はきちんと45度に面取りする。凹んだ面は最悪の砥ぎあがりになるし、砥石の角が立っていると刃を欠いたり刃に傷をつけやすくなる。
面直しは砥石同士をすり合わせるのが一般的で、私もこの方法を使っていた。砥石が一つでも、レンガやコンクリのブロックを相手にしてすり合わせてもできる。試してみると、レンガは砥石に対してなかなかの研削力がある。
しかし最近はいい道具がある。面直し専用砥石というやつで、荒砥の表面に斜めに溝を切ったようなものだが、切り粉の排出がよく、多数のエッジによる研削力とあいまって、すこぶる効率がいい。
等々、こどもの時から刃物砥ぎに親しんでいると、いろんな経験則が生まれてくるもので。
しかし、いくら好きでも、こどもたちがチョロチョロしている中で、切ってもすぐには痛みを感じないような切れ味の刃物を扱うのは、はっきり危ない。なわけで、私のお楽しみタイムは、おのずと夜中になる。
…深夜、寝静まった家に、規則正しい擦過音が、いつ果てるとも知れず響く…。
…シャッ・・・シャッ・・・シャッ・・・シャッ・・・シャッ・・・シャッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
指先で切れ味を確かめ、にやりと笑う大男。
み〜た〜な〜!
・・・てな話、あったな。大男でなかったかもしれないけど。