鉄砲勇助 宇宙闘病記

 <登場人物>
   ・勇助
   ・隠居



 ――(激しく戸を叩く音)ドンドンドン!

隠居「うるさいなぁ、誰や」

勇助「苦しい~……苦しい~……」(うめき声)

隠居「えっ、苦しい?」

勇助「苦しい~……苦しい~……」

隠居「えらいこっちゃないかいな。誰か通りすがりの人が急病で、うちに助けを求めに来たに違いない。
 もし、大丈夫ですか?」

勇助「生活が苦しい~」

隠居「なんじゃい、こちらが心配して声をかけたら、おちょくってけつかる。
 なんや、誰やと思たら勇さんやないか」

勇助「隠居はん、ご無沙汰しとります」

隠居「勇さんと判ってたら、心配せえへんかってん。なにしろ町内一の嘘つきやさかいな」

勇助「あはは、町内一とはえらいお褒めに預かりまして」

隠居「褒めてへんがな。それよりも急にどないした?」

勇助「それでんねん。実は……苦しい~」

隠居「苦しいのは判ったがな。生活が苦しいんやろ。金の無心か?」

勇助「へへ、金は欲しおますけど、そうやおまへんねん。
 実はわたい、昨日まであそこに厄介になってましてな」

隠居「あそこってどこや? ブタ箱か?」

勇助「違いまんがな。ほら、おまっしゃろ。皆が白い服を着て働いてる……」

隠居「寿司屋か?」

勇助「なんで寿司屋に厄介にならなあきませんねん。違いまんがな。
 ありまっしゃろ、鉄筋でできた、白い大きい建物」

隠居「京セラドームか?」

勇助「違いますて。なんでわたしがバッファローズに入団せんとあきませんねん。
 そんな遠くやのうて、方々にありまっしゃろ、医者の先生や看護師が仰山いてる……」

隠居「なんや、病院かいな。
 えっ、おまはんしばらく姿を見せんかったと思てたら、病院に入ってたんか?」

勇助「ええ、昨日無事お務めを果たしてシャバに出てまいりました」

隠居「ブタ箱やがな。
 しかし、おまはんがどこぞ悪かったというのは知らんかったな。詳しく話を聞かせてくれへんか?
 ……あっ、いや、やめとこ」

勇助「なんで」

隠居「なんでて、おまはん鉄砲勇助や。町内一の嘘つきやないかい。
 ハハァ、まんまと騙される所やった。どうせその病院に入院しとったちゅうのも嘘やろ?」

勇助「なに言うてまんねん! ほんまに入院してましたんやで。
 そんなに疑るんでしたら、わたいの目をよく見てみなはれ! この真剣なまなざし!」

隠居「よぉ濁ってるな」

勇助「わたいが真剣に訴えてる、魂の叫びをじかに感じなはれ!」

隠居「うん、息がクサい。なるほど、おまはんの体が悪かったのは、どうやらほんまのようやな。
 わかった、信用したろやないか。ほたら一体どないしてん?」

勇助「よぉ聞いてくんなはった。話は遡ること半月ほど前ですわ。
 この間からの暑さや。仕事に出るのも億劫やさかい、家の中で汗かきながら、ゴロゴロ横になってましてん。
 そしたら大家が店賃の取り立てに来ましてな。
 『勇さん、あんた暑いからゆうて家の中でゴロゴロしてたら体に障るで。表の空気でも吸うておいで!』
 そない言われて、しぶしぶ表へ出ましてな。

 ちょっと歩いたら道の横手の畑に、丸々としたスイカが仰山ありまんねん。
 わたい、ずっと家におりましたやろ。腹ペコでね。そーっと畑に近寄って、その場でね……」

隠居「持っていんだんか。あかんで」

勇助「いやいや、持っていにまっかいな!」

隠居「そらそやろ」

勇助「その場で割って食うた」

隠居「余計あかんがな。一人でスイカ丸々一個て、えらい無茶したもんやなー」

勇助「なんの!三個食うた」

隠居「あかんちゅうねん」

勇助「もう腹ペコやさかい夢中でね。
 種もそのまま飲み込んでもうて、三個目でようよう腹が収まったんで帰ろうと思て歩き出したら、
 あたりに生暖かい風がいきなり吹いたかと思うと、空が一転にわかに掻き曇り、辺りは真っ暗。
 途端に空から大きな音がゴロゴロゴロ!」

隠居「雷か?」

勇助「雷ですわ。きっとあんまり暑いさかい、雷様も雲の上でゴロゴロしてはったんやね」

隠居「違うわ」

勇助「大きな音がしたかと思うと、空のあちこちで稲光がビカビカビカ!
 目の前には隠居はんの頭が、テカテカテカ!」

隠居「やかましい」

勇助「『こりゃーえらいこっちゃ』思て走って帰ろうと思いましてんけど、わたいスイカ三個食うてまっしゃろ?
 お腹の中がチャッポチャポチャポ!」

隠居「そらそうや」

勇助「苦しゅうなってその場でしゃがんでたら、続けざまに大粒の雨がボッタボタボタ!
 苦しいけど動けまへんさかい、そのまま道端でズブ濡れになってうずくまってたら、
 一本の大きな稲光がわたい目掛けて、ゴロゴロゴロ、ズドーン!」

隠居「ええっ!落ちたんか?」

勇助「命中ですわ。
 しばらくその場で気を失うて、目が覚めたら病院のベッドの上や」

隠居「そら災難やったな」

勇助「後でわかったんですけど、近くの大学病院でしてん。
 ベッドの周りに、白衣を着た立派な医者の先生がズラッと並んで、わたいを見守ってまんねん。
 名札を見たら書いてありますわ、
 『赤壁周庵先生』、『山井養仙先生』、『甘井羊羹先生』、『藪井竹庵先生』、『大藪春彦先生』、『小籔千豊先生』……」

隠居「そんな落語の登場人物みたいな名前ばっかりいてるかいな。終わりの方は病院と関係あれへん」

勇助「『あなたはしばらく絶対安静です』って先生に言われてね。不自由なもんでっせ。
 『用事がある時はこのナースコールで呼び出してください』いうて枕元にコードを渡されまんねんけどね、
 腕には点滴の管がささってるわ、股間には尿道カテーテルが付いてるわ、
 ナースコールのコードは持たされてるわ、もう全身管だらけになってもうてえらい騒ぎや。

 『これやったら寝返りも打てへんし、かなわんなー』思て、点滴の方をよーく見てみたら、これがあんた、
 点滴の管やおまへんでしてん。なんとスイカのつる!」

隠居「スイカのつる? 何じゃいそら」

勇助「わたいが最前食うたスイカの種が、雨に当たって育ちましたんやろな。
 それで雷の電気ショックで成長が早まって、体のいろんな所からつるが伸びたんでっしゃろ。
 医者の先生方も、それが珍しい言うて観察してはったんですわ」

隠居「へぇー、えらいこともあるもんやな。昔のSF映画みたいやな」

勇助「それで先生のおっしゃるには、
 『既に体内には小さなスイカの実が育っておる。早急に手術をして摘出するのもよかろうが、季節が季節やし、
 もう少し大きゅうして食べ頃になるまで待とうと思うが、勇さん、あんたどない思う?』て聞かれまして」

隠居「また呑気な先生やな」

勇助「わたいも、自分の体の中で育ったスイカのこっちゃ、
 『どうせなら月満ちて十分に育ったところで産み落としたいです!』と先生に伝えて」

隠居「何の話やねん」

勇助「ただ先生が言わはるのには、
 『スイカの実が腹部にある分には平気やけど、誤って頭の方、脳みその近くにつるが昇って行った場合は危険やさかい、
 その時は手術をするかもしれません』いうことでしたわ」

隠居「そうやろうな。脳の近くは危険やろうな」

勇助「ええ。脳スイカ体ゆうて」

隠居「それを言うなら脳下垂体や。どさくさまぎれにしょうもないシャレ混ぜるな」

勇助「まあ、幸い脳の方につるが伸びることも無いまま月日は過ぎましたわ。
 いよいよスイカの出産日や。分娩室に運ばれて、台の上で看護師さんの手を取って、ヒーヒーフー、ヒーヒーフー」

隠居「ああ……勇さん、話を止めて悪いが……」

勇助「何でんねん、ここからが感動の出産シーンでっしゃないかいな」

隠居「そうやとは思うけど、おまはん男やろ? どないして出産すんねん?」

勇助「どないて隠居はん、話を聞いてまへんでしたんか?
 わたいはスイカを食うてまんねんで。つまり胃袋から腸を通ってまんねん。出る所は決まってますやないかいな!」

隠居「汚いわ!」

勇助「おかげさまで無事出産しましたがな。先生も言うてはりました、『玉のようなスイカです』」

隠居「スイカやさかい玉やろな」

勇助「わたいも自分がお腹を痛めて産んだスイカや。ぐっと抱きしめて頬ずりして」

隠居「汚いちゅうねん!」

勇助「ここまででしたら話はハッピーエンドでんねんけど、その後もしばらく入院が続きましてな。
 ちゅうのも、スイカのつるは全部きれいに取れましてんけど、育たへんかった種が体の中に仰山残りましてん。
 先生からは『しばらく継続して検査入院していてもらいたい』言われてね。

 ヒマやなー思うてベッドの上で貧乏ゆすりしてたら、体の中で『ジャラジャラ、ジャラジャラ』いいよる。
 床に立って、ジャンプしたらジャラジャラ。音楽に合わせて踊ったらジャラジャラ。マラカスの要領や。

 『こらええわ、入院生活で陰気な気持ちになってても仕方ない。しばらく踊って過ごしたれ』思うてね。
 病院の至る所で、サンバのリズムで陽気に踊って皆を喜ばせてたら、
 たまたま病院に来てたテレビ局に取材されましてん。
 『驚異のマラカス人間出現!』ちゅうてテレビに紹介されまして、一躍、時の人や。
 病院を抜け出してはテレビ局に行って、収録が終わったら病院に戻る生活でな。

 そんなある日ですわ。テレビ局に向かう途中、UFОにさらわれたのは」

隠居「待て待て! この話どこまで続くねん?」

勇助「隠居はん、ぼちぼち限界ですか? ほたら、ちょっとはしょりますわ。
 宇宙人にさらわれて、気がついたら知らん星や。
 宇宙人に『あんた何さんでんねん?』て聞いたら、『わたいら木星人ですわ』ゆうてきて」

隠居「木星人が『わたいら』とか言うかい!」

勇助「ひとまず木星におっても息でけへんさかい、帰してくれって頼んで、ようよう病院まで戻してもろて。
 そうこうしてるうちに、わたいが体内でスイカを育てたっちゅうんが、えらい医学界で評判になってましてな。
 『学会で発表しまんの?』て先生に聞いたら、『折角やさかい勇さん、自分で書いたらどないや?』ちゅう話になって。
 『ほたら書きまっさ』ゆうて書きましたがな。ゴーストライターも使わんと。

 できた本が『鉄砲勇助が初めて明かす!我が闘病の記録』。
 これが何を間違うたんか、学会に行かんと出版界に行ってもうてね。あっという間にベストセラーや!
 話題のノンフィクション小説や!ゆうて、芥川賞は獲る、大宅壮一ノンフィクション大賞は獲る、
 日本アカデミー賞は獲る、殊勲賞は獲る、敢闘賞は獲る、技能賞は獲る、天皇賞は獲る、あらゆる賞を総ナメ!」

隠居「勇さん……もうええか?」

勇助「はい、以上でだいたい終了しました」

隠居「おまはん、黙って聞いとったら止まらんな……。
 最前なんちゅうた? 半月前、雷に打たれて入院した、言うてたな?」

勇助「言いました」

隠居「それだけのことが、なんでたった半月でできんねん? できる訳無いやろ?」

勇助「せやから、さっき言いましたやん。わたいは木星に連れて行かれてんねん。

 木星ちゅうたら地球よりも太陽の周りをずーっと大回りしますねんで。
 つまり地球なら一年が365日のところ、木星の一年は4335日ありまんねん。
 これを十二ヵ月で割ると、一ヵ月は361日や。その半月やさかい、180日。地球の暦に直したらほぼ半年や。
 芸人が小説を発表してから芥川賞を獲るまでの日数とほとんど変わりませんねん。
 これだけあったら入院して、テレビに出て、本を書いて、ベストセラーになることぐらい屁でもないわ!

 どや、まいったか!」

隠居「ここにきて、嘘やないもっともらしい例え話を並べやがって……。
 ホンマにおまはんだけは、ああ言えばこう言う……嘘の種の尽きん奴やなぁー」

勇助「ハハハ、そらそうや。種なら腹の中でジャラジャラいうてます」



  <完>



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